Fahrenheit Ⅳ


何とか言い訳しようと


「ダンスの緊張とかあったのでしょうね。私も酔うときはあります」とあたしは淡々と答えていた。


「大変でしたね。でもすっごくステキでした。あ、そうだ、柏木補佐に借りたお洋服、まだクリーニングに出せてなくて」瑞野さんが言うと


「いえ、結構です。あれはあなたに差し上げます。よく似合っておいででしたので」


正直、瑞野さんの着た服は着たくない。戻ってきても捨てるだけだ。あたしは―――なんて心が狭いんだろう、と自分の心の中に眠っていた醜悪さに初めて気づかされた。


人には二面性がある。表の顔と裏の顔。


表で見せている顔が本当の顔なのだろうか。いいえ違う。本当は裏で抱えている恨みや妬み。嫉妬や憎悪。その醜い感情を隠してひとは表の顔を必死に作る。


「え!」瑞野さんが口を開ける。「それは流石に!だってすごく高そうなお洋服でしたよ」


瑞野さん―――あなたが見せているのはどっちなの?


「気にしないでください」これ以上は何も言わないで、そう言う意味を込めて話を続けたくない素振りを見せデスクの引き出しからいくつかの資料を取り出す。―――心の中の醜悪さが顔にも出そうで、あたしは無表情を装うことにいつも以上に必死になってた。じゃないと裏の顔がすぐに顔に出そうで―――怖かった。


すぐに叫びだしたいこの気持ち、誰が分かってくれるのだろう。


啓と瑞野さんは顔を見合わせていた。


何よ、息ぴったりじゃない。と思うとまたも言いようのない苛々が。


その苛々を抱えたまま、午前中はこれといったトラブルもなく時間は淡々と過ぎて行った。仕事をしているときはそれに集中できるから良かった。けれどもうすぐ昼休憩だ。瑞野さんが異動になってきたときから瑞野さんと休憩に行っていたが今はそんな気分になれない。我ながら子供っぽいかも、と思ったが


「佐々木さん、ちょっと相談したい案件があるのですが。何せ古い案件なので佐々木さんがよくご存知かと。ランチご一緒にどうですか?」とあたしは佐々木さんを指名、名指しされた佐々木さんは目をまばたいて自分を指さし。


前はよく佐々木さんとランチしてたし、それほど不思議な光景ではない。


佐々木さんはすぐに頷いてくれた。


社食で佐々木さんと食券を買いながら、


「ところで古い案件と言うのは?」と佐々木さんに問われ


「ああ、あれは口実です。久しぶりに佐々木さんと食事がしたかったので」と言うと


「え!?」と佐々木さんがびっくりしたような声をあげて「そ、そそそそうでしたか!」と変な声を出す。


「ふっ」


あたしは思わず笑った。面白いひと。


「今日のA定食は焼きそば定食みたいですね。僕それにしました。柏木さんは?」と聞かれ


「あたしはカレーライスです」と答えた。


正直、カレーライスは美味しいとは言えないしレトルト感すら感じるが口に入れば何でも良い。


それぞれ食事を乗せたトレーを手にテーブルを探すと、時間帯が時間帯だったのか食堂は混みあっていた。


やっと見つけた席に腰を下ろすと、殆どの人が思い思いスマホを触っているのが目に付いた。


そう言えばあたしあれから電源入れてない。


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