Fahrenheit Ⅳ

「ごめんなさい、だいぶお待たせして」とテーブルに戻ると佐々木さんは律儀なのか頼んだ定食に一口も口を付けずあたしを待っていてくれたようだ。


「先に食べててくだっても良かったのに」思わず苦笑を浮かべると


「だって、久しぶりに柏木さんとランチですよ」と佐々木さんは目を上げる。まるで子犬がおやつをねだっているような目つきに可愛さを見た。


「そんな、ランチなんていつでも取れるじゃないですか」と言うと


「柏木さんのカレーライスも冷めちゃってますよ、さぁ食べましょう」と佐々木さんは割りばしを割った。


思った通りカレーライスは美味しくなかった。ルーはしゃびしゃび、申し訳程度に入った豚肉の欠片、やたらと玉ねぎが多くジャガイモは完全に溶けて形が崩れている。それでも何とか口に入れないと誘った佐々木さんに申し訳ない。


まずいカレーを何とか食べ終えると


「久しぶりに柏木さんとの食事、楽しかったです~」と佐々木さんは何が楽しかったのか笑った。殆ど会話らしい会話をしていないのに。


それでも佐々木さんと居ると何も考えずいられるのは楽だ。


あたしたちが昼食から戻ると部署には瑞野さん一人、啓の姿は見えなかった。


「あ、お帰りなさい。部長は急なアポを思い出した、とかで出かけて行かれました」と瑞野さんが答える。


急なアポ?


ホワイドボードを見ると”神流→セントラル紡績さん”と書かれていて、またちくりと心が痛む。セントラル紡績さんには彼の元カノ真咲さんが居る。真咲さんは菅井さんと婚約したと聞いていたが、やはり心穏やかではない。でも考えてみて?真咲さんのお腹の中には菅井さんの子がいるのよ?もう啓は脅されることがないし、そこに変な感情はない筈。―――と思いたい。

< 104 / 122 >

この作品をシェア

pagetop