Fahrenheit Ⅳ

お手洗いを済ませると、ダウンジャケットの両ポケットに手を突っ込んだ葵さんが柱にもたれかかって待っていた。


「すみません、お待たせして。結構混んでて」と言うと


「ううん、気にしてないよ~」と葵さんは明るく言う。「で?そろそろ行先は決まった?」


「ええ、まぁ大方は」と返事を返すと


「どこだろ~」と葵さんがワクワクした様子であたしを覗き込んできた。まるで子供が宝探しをしているような視線だ。


「秘密です」と答えると


「む゛~」と葵さんは「教えてくれたっていいのに~」と口を尖らせる。


「着いた先が目的地でしょう?」


それから茅ヶ崎JCTを経由して新湘南バイパスへ抜けると、青い標識に『湘南』の文字が見え始めてきた。締め切った車内にも潮の香りが僅かに漂ってくる。


「湘南?」と葵さんは目をぱちぱち。


あたしは頭に叩き入れたルートで目的地へと走らせると、葵さんはぽかんと口を開いた。


そこは湘南でも割と有名なリゾートホテル。駐車場に車を停めてバッグを片手に車から出ると、葵さんも慌てて後を追ってきた。


きれいで広く割と新しいフロントに向かう前にすぐにドアマンが


「いらっしゃいませ。お荷物お預かりいたします」と爽やかな笑顔を浮かべながら恭しくお辞儀をしたが


「シングル二部屋で予約した柏木です。荷物は少ないので大丈夫です」と言うと葵さんはまたも目を丸める。


「シングル??泊まるってこと?」


「泊まるって言うことです。付き合ってください」


「え?え…?予約ってさっきまでどこへ行こうって言ってたじゃん、いつの間に予約を?」


「さっきのPAのお手洗いで。運良く空きがあったので予約しました」


「何だよ~」葵さんは顔を覆ってその場にしゃがみこんだ。


「いや、でしたか?いやなら帰りますが」


「いや、じゃないよ!ただびっくりして」


まぁそうでしょうね。逆なら帰っていた。

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