Fahrenheit Ⅳ


夕飯は近くの居酒屋で済ませることにした。


湘南は魚料理が美味しそうなイメージがあった。


適当に入った居酒屋は”The居酒屋”で週末なのかかなりの賑わいを見せていた。それでも予約なしに入れたのは運が良かったのか。


少しテーブルは狭いけれど、これも仕方のないことよね。


ビールと刺し盛り、葵さんの所望で焼き鳥の盛り合わせと出汁巻き卵、あたしはふろふき大根と、鶏皮ポン酢を頼んだ。


最初に運ばれてきたビールで乾杯すると


「で?東京を離れてまで話したい事って、空汰に何かあった?まさか副社長の娘と復縁したとか?」


「二村さんではなく、私に何かありました」


ビールを飲みながら吐息を付き


「計算は得意だったのに」と小さく零す。


葵さんは最初聞かなかったフリをしていたのかビールをごくごくと飲んでいたが


「何があったの?」と聞いてきた。





「何も。ただ私だって落ち込むときがあるんです。ただ誰かに近くに居て欲しいと願うときがあるんです」






「それが俺?」葵さんは自分を指さし。


「だって私たち“仲が良い”でしょ。それに…色々事情を知っている友人に変に勘ぐられたり同情されたりするのが嫌でしたので。そういう意味で何も知らないあなたが楽なんです」


言えない。啓と瑞野さんが仲良くしていて、付き合っているという噂も立つ中、彼と目が合ったのに無視された、なんて。


そんな小さなことでここまで落ち込む自分も嫌だし、とてもじゃないが他人に相談できる内容じゃない。


こんなくだらなくてちっぽけなプライドなんて捨ててしまえば心音や紫利さん、綾子さんに相談できるのに。


そう、プライドなのだ。


それでも誰かと一緒に居れば少しは気が晴れる気がした。一人でいて色々考えるより、誰か他人と居てくだらない話で脳と心を満たす。


あたしはその為に葵さんを利用した。


卑怯な女だ。


「楽―――かぁ…、じゃぁさ、計算外なことしない?」


葵さんの意味深な言葉に、あたしは目をまばたいた。


計算外の―――こと?


「まま、とりあえず食おう。冷めちまう」と次々と運ばれてくる料理に手を付け始める葵さん。あたしもそれに倣った。

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