Fahrenheit Ⅳ

ビールから始まって安いワイン、焼酎、日本酒。たくさん飲んで食べたけれど、お腹は膨れたけれどそれでも飲み足りなかった。


店を出て、葵さんが湘南のビーチに向かおうと言った。


「どうせその顔は飲み足りないって顔してる。だからこれ、買ってきた」と葵さんはさっきトイレが近くなったからコンビニに行ってくると言って一人コンビニに入っていったけれど、出てきたときはビニール袋を下げていた。お手洗いだけ借りるのが申し訳ないとでも思ったのか何か買ってきたのだろうと思ってたが、まさかビールだったとは。


NYのマーケットではトイレを借りるだけでも何か買い物をしなければならない、と言うのが当たり前だったから無料でコンビニのお手洗いを借りれる日本に来た当初は驚いたものだ。


夜の……しかも冬の湘南は当然人が少なかった。


海風に乗って潮の香りがつんと鼻を刺激する。


寒くてファーの襟に顔を埋めていると、葵さんが巻いていたマフラーを解いてあたしに掛けてくれた。今まで葵さんがつけていたからか、ぬくもりや香りがまだ強く残っている。


「お気持ちは嬉しいのですが、これじゃ葵さんが風邪をひいちゃいますよ。治ったばかりなのに」


「大丈夫、大丈夫。瑠華ちゃんが風邪ひくよりバカな俺の方がいいじゃん」


「何とかは風邪をひかないといいますが」と言うと


「ひっで」と葵さんは口では言ったものの笑いながら、波打ち際に向かうと、手で水を掬ってあたしに掛けてくる。


「ちょっ!やめてください」これじゃ本当に風邪をひくじゃない。


お返しとばかりに、あたしは履いていたパンプスを脱ぐと波打ち際に向かい、水を掻けてやった。


「あはは」と葵さんの声だけが静かな夜に響く。


あたしも何故かつられて笑っていた。


「計算外なこと、楽しいですね」


一通り水を掛け合ったり、ひいては打ち寄せてくる波に足を浸からせ


「冷たい」と言いながらお行儀が悪いと分かりつつも缶ビールに直接口をつけて飲むビールは先ほどのビールより格段とおいしく感じた。


やがてあたしたちは大きな流木に二人して腰掛け、夜の湘南の海を二人して眺めた。


「きれいですね」


「うん」


空に浮かぶ月は三日月型で、その月が水面に反射している。

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