Fahrenheit Ⅳ
「……実は、NYから友人が来ていて、その子供をしばらくの間預かって欲しいという話がありまして」
やがてあたしは切り出した。若干の嘘を交えて。
葵さんはビールを呑むのを途中で止めて
「へぇ、それって例の元カレ?」
鋭いわね。
「まぁ、そんなところです」
「わー、複雑だなぁ。てか何で元カレも子供預かって欲しいとか言うかね。厚かましくね?」
それは、あたしの子供だからです、とは流石に言えない。
「彼女が生まれたときから懐かれてて」
「生まれた時―――って、今その子何歳よ」と聞かれ
「四歳ですが」と素直に答えると
「ちょっと待ってよ。計算すると瑠華ちゃんと付き合ってたときの子じゃない?それとも付き合ってたのはもっと後?子持ちの男と付き合ってたってこと?」
あたしとしたことが―――葵さんはバカじゃない。
嘘をつく、ことは簡単なことじゃないみたい。一度墨の入った白い水は真水に戻らない。
「あー、まぁ……その浮気されて……」
浮気は事実だ。でもユーリはあたしの子。
「うわっ!サイテー野郎だな。浮気相手の子供を元カノに押し付けるとは」
葵さんが思いっきり顔を歪める。
「いえ……あの、最近その元カレが復縁したいと言い出しまして。その……結婚も視野にいれている……と」
大方嘘はついていない。
「だから今のうちに子供を懐かせて瑠華ちゃんと結婚したいって?自分勝手だなそいつ」
「そうなんですよ、ホント昔から変わらなくて……」
ふぅ……
ため息を吐いていると
「それって”K”ってやつ?」
”K”―――啓―――?
あたしは思わず目を開いた。
あたし、啓の名前なんて一度も出してない筈。なのに何で知ってるの?
いや、一度だけある。あれはクリスマスイブに啓と瑞野さんが泊っているホテルに、ホテルマンに彼のフルネームを言ったっけね。
自分の失敗に思わず額に手を当てていると、葵さんは気にした様子もなく
「あ、違う?それは直近の元カレ?」
「あ……えっと……」なんて答えればいいのだろうか。
「ま、どっちでもいいけど」と葵さんは興味がなさそうに答える。
「とにかくサ、子供の件は瑠華ちゃんがしたいようにすればいいよ。あ、投げやりな…無神経とかの答えじゃないけどね。瑠華ちゃん、その子と過ごしたそうにしてたから。瑠華ちゃんて見るからに子供好きそうだし」
子供好きそう、なんて初めて言われた。
あたしが―――ユーリと……
勿論、過ごしたい。
毎日一緒に眠って、毎日一緒にご飯を食べて……
期間限定だと思っていても、やはりユーリとは一緒にいたい。