Fahrenheit Ⅳ

でも、どこで誰が何を聞いているか分からないからあたしは多くをウチヤマさんに語ることができず、小さく笑顔だけ返してエレベーターに向かった。


部屋を開けるなりユーリは靴のまま玄関口から部屋へと走って行こうとしたが、あたしはそれを止めた。


「July? We're in Japan. You're supposed to take your shoes off inside.
(ユーリ?ここは日本なの。お靴はお部屋の中で脱ぐものなのよ)」と屈みこんでピンクのリボンがついた小さなスニーカーを脱がせようとすると


「Japan?」とユーリが首を傾げる。


「Have you ever heard of Tokyo?(トーキョーって聞いたことある?)」と質問を変えると


「Yeah」と笑顔がかえってきた。


とにかく靴を脱いで生活する場所だということをすぐに理解したユーリは自分で靴を脱ぐと広い廊下を走っていった。


「July If you run, you'll fall!(ユーリ!走ると転ぶわよ)」慌てて後をついていくと


「Is this Mom's apartment? It's nice.(ここがママのアパート?きれいだね)」と物珍しそうにきょろきょろ。


「Thanks. Are you hungry, July? Want something to eat?
(ありがと。ユーリお腹すいてない?何か食べる?)」リビングに案内してコートを脱がすと、ユーリはこくりと頷いた。


何か食べるもの……と探していて冷蔵庫を覗き込むも大したものが入ってないことにがくりと肩を落とした。ビールが数本。卵と水とチョコレートにいちご。


これじゃ子供の成長に影響しそうだ。


今から買い物?……ダメだ、買い物してもあたし料理は壊滅的に下手だし。


デリバリーでも頼む?とスマホを手に取ると


TRRRRR…


着信が鳴ってびっくりした。


一瞬、啓かと思ったけれど”紫利さん”となっていて何故だか少しばかりほっとした。


「あ、おはようございます」


『明けましておめでとう。バタバタしててなかなか挨拶できなくてごめんね』


「いえ、お正月のおせちは本当に豪華でこちらこそ早くお礼を申し上げるべきでしたのに」


と会話を繰り出している間、ちらりとユーリを見ると彼女はやはりソファに座ってくまちゃんを抱えながらキョトキョトと視線をあちこちに向けていた。


そうだ……


「あの……紫利さん…大変厚かましいお願いですが、本日お時間ありますか?」


『私?今日は一日暇してるわよ』


「本当に?実は少しお願いしたいことがありまして」と切り出し、あたしは軽く事情を説明すると紫利さんは料理の材料を買ってすぐに来てくれる、とのこと。


紫利さんに相談してよかった。


しかしユーリのことを何と説明すればいいのだろうか。


小さな子を預かったとしか言えなかったけれど。

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