Fahrenheit Ⅳ
この日の夕方、ご主人は仕事を抜けてわざわざ都内のファミレスまで来てくれた。
紫利さんがかくかくしかじか、しかしユーリがあたしの子供であることは伏せて説明すると、隣に座ったユーリをご主人はしげしげと眺めながら
「親戚の子?可愛いね」と言ってほんの少し笑った。
「ご迷惑をお掛けします、あのこれ少ないですけど受け取ってください」
あたしは封筒をお二人に差し出すと、お二人は顔を見合わせ一応は封筒を手にして中身を確認したが
「いや、受け取れないよ。紫利は好きでやってるわけだし」とご主人が封筒に入ったお金をあたしに戻してきた。
「でも、それじゃ私の気持ちが」
と言って眉を寄せると
「気にしないで、蒼介の言った通り好きでやってるわけだし」
「紫利ちゃんもいい体験ができそうで楽しそうだしね」とご主人が紫利さんに笑いかける。
「Mom, I'd like another glass of orange juice.(ママ、ユーリオレンジジュースお代わりしたい)」と言い出して
「Okay, okay, let's go together then.(はいはい、じゃぁ一緒に行きましょうね)」と手を握ろうとすると
「Why don’t you come with me, July?(私と一緒に行きましょうか、ユーリちゃん)」と紫利さんが申し出てくれて、「Yeah.(うん)」ユーリはこの短時間ですっかり紫利さんに懐いたようで、紫利さんに手を引かれてドリンクバーに向かって行った。
「本当に……申し訳ございません」と残ったご主人に頭を下げると、ご主人は慌てて手を振り
「いえ、本当に気にしないでください。僕たちに子供が居れば紫利も気が晴れるでしょうけど、生憎子供には恵まれなくて。
紫利は楽しんでやってるんですよ」
ご主人は複雑は表情を作った。
あたしは割と簡単に子供授かることができた。けれど中には望んでもできない人がいるわけで。
あたしはちらりとドリンクバーで楽しそうに会話をしながらジュースを入れている二人を眺めて、
そうか…お金を受け取ったらそれはシッターを変わらない。紫利さんは疑似とは言え子育て体験がしたかったのだ、と思い直した。
紫利さんが居てくれて、良かった。
できれば、この疑似体験を通じてこの後お二人に本当の子供が出来て、この体験が役に立つときがくればいいのに。
と願いを込めて。