Fahrenheit Ⅳ
指定された場所に向かうと、紫利さんはすでにゆったりとしたソファ席でコーヒーを優雅に飲みながら、憂いのある瞳で文庫本を広げていた。
紫利さんは着物姿で淡いグレーの加賀友禅の着物に、白と銀が混じったこれまた豪華な帯と深いグリーンの帯締めを締めていた。髪もきっちりと夜会巻きに巻いてあって粋に鼈甲のかんざしが飾られている。
紫利さんが俺の気配に気づいたのかゆっくりと顔を上げる。その顔に妖艶なほほ笑みが浮かんでいた。
ああ、紫利さんは変わらないな―――
俺と瑠華の仲は変わっちまったのに。不変的な何かはまだ残っていたと感じると少し安心を覚えた。
軽く手を挙げ紫利さんに近づくと
「今すぐ紫利さんに抱き着きたい」と言うと
「何言ってんのよ」と紫利さんがちょっと顔を歪める。
「あはは、冗談冗談~」とからかうと
「あなたが言うと冗談に思えないのよ」と紫利さんが軽く睨む。
「ごめんごめん。で?何か用があったの?これから仕事?」
「ええ仕事、用件は去年のクリスマスの埋め合わせ」と言って紫利さんは隣の席に置いた銀座の高級百貨店のロゴが入った紙袋を手テーブルの上に置いた。
「だいぶ遅くなっちゃったけれどね」と紫利さんは苦笑。
そう言えば、去年俺たちはレストランで食事をする約束をしていたが、紫利さんの旦那が思いがけず帰ってきて俺はその店で一人過ごしたんだっけ。
「まぁあの時はちょっと寂しかったけれど、その後のことは気にしてなかったし、それに誕生日も祝ってもらったのに」
それでもプレゼントは嬉しい。中からきれいにラッピングされたものを取り出しリボンを解くと
「マフラー?」
「ええ、大した捻りがないかもしれないけれど、あなたがマフラーをしてたとこ見たことないから」