Fahrenheit Ⅳ
それは深い夜を思わせるきれいな藍色をしていた。フリンジの先に大小様々な雪の結晶が散らばっている。それは息さえ凍る夜に降る、絶望感さえ感じるときに少しだけ希望の淡く白く降り注ぐ雪に見えた。
「スーツには合わないかも、だけど今日みたいな私服だったらいいんじゃない?」
確かに……今日はシルク混の白いニットにウールの黒いジャケット、ジーンズと言う恰好だった。これなら巻いていても浮かない筈。
早速
「ねぇ。かけてかけて」と俺は首を折り紫利さんに向ける。
「はぁ?自分でしなさいよ」
「紫利さんも男心分かってないな~大事な人に掛けられることに意味があるの」
「大事な人?それは瑠華ちゃんに言ってやりなさいな」と言いつつも紫利さんはマフラーを受け取ると俺の首に巻いてくれた。
「大事な人だよ?俺の初恋に近いひと」とにししと笑うと
「初恋は瑠華ちゃんだものね」と紫利さんはウェイターを呼び寄せた。
「うん、俺が七歳、彼女が五歳のとき」
「え?」紫利さんが目を開いた。
「実は昔会ってたんだよね~お互い思い出すのにしばらく時間が掛かったけど、でもあの時から俺瑠華のこと好きだったんだわ」
「五歳の瑠華ちゃん、さぞ可愛いでしょうね」
「可愛かったよ!今とは全然違ってよく笑って無邪気で」
今は―――全然笑ってくれないし冷たいし、怖いし。無邪気の”む”の字もない。時々不思議なことにこだわるのは可愛いけれど。
でも―――こんな昔話を語れるのもきっと紫利さんだけだよな。彼女は聞き上手だけだというわけではなく、俺の全てを受け入れてくれる。
もし、もし分岐点があったとして俺と出逢った時紫利さんが結婚してなくて、そのまま俺たちは付き合ってたら瑠華には出逢ってなかったってことかもしれない。神様の悪戯なのか、それとも最初からそんなものなんてなくてこれが運命だというのなら―――この先の運命はどうなるのだろうか。
運命は俺たちの味方をしてくれるのか、それとも見放されるのか。
いや、運命なんて言葉に振り回される弱気な俺ではない。もし間違った分岐点があるのなら俺はそれを選ばない。必ず正しい道を見極めて見せる。
運ばれてきた琥珀色の液体を見つめながら自分の姿を映し出す。それはゆらりとも動かず静かに静止していた。
今は下手な動きを取るな、という神様からのお告げなのだろうか。