Fahrenheit Ⅳ
「―――と……啓人…」
紫利さんに声を掛けられはっとなり顔を上げた。
「どうしたの?いつもより元気がないみたいだけど」
「あーうん……実はさっき瑞野さんが尋ねてきて」
「瑞野さんてあの例の?常務の息子と出来てるって」
「そう、その子。紫利さんより瑠華より手ごわいって言うか何考えてるか分かんねーって言うか、とにかく振り回されて手を焼いてる状況」
俺は軽く肩を竦めた。
「あなたを振り回すなんて相当ね」と紫利さんも苦笑い。
俺は瑞野さんとの数々とのやり取りを軽く話し聞かせた。最初は雷に怖がっている瑞野さんと会社に泊ったこと、ダンスの練習中思わず瑠華とキスをしているところを目撃されて脅されたこと、それからクリスマスを一緒に過ごしたこと。妊娠のことは―――まだ語ることはできなかったが……
紫利さんは口元に手を当て
「その子―――、一生懸命”演技”してるんじゃないかしら。あなたに」
「俺に?何で?」
「本命にヤキモチを妬かせたいためじゃないかしら」
「じゃぁ瑞野さんはまだ二村のことが好きってこと?てかそれじゃ完全に俺は二人の痴情のもつれに巻き込まれただけじゃん!」目を吊り上げると
「分からないわ。女心となんとかは誰にも読めないって言うじゃない」
何だよ、それ。がくりと肩を落とすと
「あなたたちだって”その”二村くんの前で一生懸命演技してるでしょ?別れたフリして」
「そりゃそうだけど事情が違うって言うか」
瑠華との仲は―――どこから演技でどこからが本気なのか分からない。俺はいつだって本気なのに。
紫利さんはちょっと身を乗り出すと小声で
「女はね、好きな男の為に幾らでも演技ができるものよ」
と囁いた。