Fahrenheit Ⅳ
「あ、もうカウントダウン始まりそうですね」あたしがちょっと顔を上げ部屋の掛け時計を見るとちょうど10秒で元旦だった。
「Ten、Nine…」と自然に数え始めると
『8、7…』と啓が続けてくれた。
やがて
『Three、Two…』
「3.2……」
『One。Happynewyear』
「1…明けましておめでとう!」
夢にも思わなかった。電話越しとは言えこうやって啓とカウントダウンができるなんて。
啓は何だか今にも泣きそうに瞳を揺らした。
「どうしたんですか……目が赤いようですが…」聞く予定もなかったのに、何故か聞いてしまった。やっぱり心配だから。
『あ、いや……寝起きって言うか…』と啓は苦笑いを浮かべる。
寝起き?この時間に??
しかし啓の今日の行動を詮索する、これ以上に重い女になりたくなくてあたしは話題を変えた。
「啓は明日何かする予定ですか?」
『え?明日って元旦だよね』
「ええ、おじさまのおうちに行かれるとか」元旦は家族と過ごすものだ。どの国でも一緒。NYの両親はあたしがNewyearに帰って来ないことに渋面を見せていたが、滞在したところでそれ程時間もないし、長いフライトも疲れるだけ。年明けの仕事に向けて体温を温存しておきたい、と言うと母親が『そうよね~あなたも仕事があるし』と物分かりの良いと言うか、いつもあたしの味方をしてくれるママが言ってくれてその話はなくなった。啓もおじさまのお家に行くものかとてっきり思っていたが
『あー、ないない。元旦だろうがしばらくあの家には帰ってないし』と意外な答えが返ってきた。
「そうなんですか、では明日うちに来ませんか?あ、勿論二人きりではありません。佐々木さんと緑川さんも誘っています」
本当のことだ。今日紫利さんからいただいたおせちはとてもじゃないが一人で食べきれる量じゃない。だからダメ元で佐々木さんと緑川さんを誘ったら二人とも二つ返事でOKだった。
佐々木さんは―――年齢が年齢だからか、実家暮らしだけど家族と過ごすと言う概念がもう無くなったと言っていたし、地方の友達は帰省していて誰とも会う予定がないという。緑川さんはあたしの家に興味があるようで、まるでレジャーランドに遊びに来るようなテンションだった。
「実は紫利さんから立派なおせちをいただきまして一人で食べきれないのでお二人をお誘いしたのですが」と説明をすると
『行っても―――いいの……?』
と探るように聞かれ
「以前の外資のメンバーで楽しく元旦を過ごしましょう。二村さんに探られても以前のメンバーでパーティーしてました、と言えば問題ないでしょう」とちょっと笑った。
運が良いのか緑川さんは二村さんと距離を置いている最中。一人で寂しい元旦を柏木が誘ったと幾らでも言い訳できる。勿論、あたしから誘われたとは言わないよう十分注意を払ってもらうつもりだ。
『じゃぁ行く』
啓も即答してくれた。
当初、啓のメンバー入りは計算してなかったが、どんな理由があってもいい。
あたしは啓と居たい。
『じゃぁ明日』と言って通話をきれそうになったとき
「ええ、明日」
それは明日につながる約束。いつからその約束はなくなったのか。考えたらすごく長い時間だったが、いつかあたしはは必ずそれを取り戻して見せる。