Fahrenheit Ⅳ
連れてこられたのは名前だけは聞いたことがあるこれまた銀座の高級料亭でいかにも年代を重ねた看板には『かも鶴』と書かれていた。
「あの、紫利さん、流石にここのお支払いは私が」と紫利さんの着物の袖を引っ張ると
「気にしないで、私の我儘に付き合ってくれたお礼だから」
我儘……なんかじゃない。どうせ暇してたし、何より紫利さんといると楽しいし。
しかしこれ以上遠慮をするのも紫利さんの顔を潰すことになる。あたしは大人しく彼女の後に着いて行った。
部屋は全室個室で上品な小豆色の着物を着た仲居さんがすでに予約してあったのか、一つの部屋へ通してくれた。
「失礼致します。お客様到着されました」
仲居さんが障子張りの襖を開けると、広い和室の中これまた大きな木のテーブルとそれに対になっている座椅子に居心地悪そうに腰掛けた男性が顔を上げた。
小柄で華奢で、言っちゃ悪いが少し暗い感じのする人だった。年齢も紫利さんと離れている気がするし。あたしの周りにはマックスやら啓とか背が高いと言うか華があるというか……男性が多かったからかな、その人は酷く華奢に見えた。背の高い紫利さんと並んで歩いたら背が並びそう。
この人が―――紫利さんのご主人?
何となく漠然と予想していたご主人とあまりにもイメージがかけ離れていたから一瞬戸惑った。
「はじめまして。紫利の夫で藤枝 蒼介と言います」小柄な彼は声もやはり小さくぎこちなく頭を下げた。
「蒼ちゃん、こちら柏木 瑠華さん。私の友達なの」
と紫利さんは自然にご主人の隣に腰を下ろし、あたしにも座るよう手を差し伸べた。
「紫利さんには普段大変お世話になっております。柏木です」と頭を下げると
「そんなにかしこまらないで。僕なんて君から見たらおじさんだから」とご主人はまたもぎこちなく笑った。
顔は―――華やかではないけれど、中身はいかにも良い人そうだ。
一通り挨拶を交わすと料理やお酒が運ばれてきて、あたしたちはそれを食しながらお酒を呑みながら語り合った。