Fahrenheit Ⅳ
あたしと紫利さんがどこで出会ってどういういきさつで仲良くなったか、と聞かれたときは何て答えていいか分からず豆腐の柚子餡かけを喉に詰まらせそうになったが
「行きつけの小料理屋で出会ったの。男の人に絡まれそうになってたから一緒に飲みましょうって誘ったのがきっかけよ」
紫利さんは悪びれた様子もなくさらりと言う。
ま、まぁ半分本当で半分嘘だけど……
「あ、呑むことが好きで、勿論食べることも。そのお店も知人に教えてもらったものです」
あたしの舌も大概嘘つきだ。
「そうか、でも若い女の子が良く知らない店に行くのはあまりよくないことだよ」と言われ、あたしは思わず肩を縮めた。もっとも、常識的な意見だけれど、実は最初は啓も一緒だったし、問題はなかった。
「もう、蒼ちゃん。説教じみたこと言わないで。彼女はこう見えてすごく自立してるししっかりした子なの」
紫利さんがちょっと目を吊り上げると
「ごめんごめん。若い子の考えてることはさっぱりで」とご主人が軽く両手を挙げる。
「学生さんとたくさん話す機会があるでしょうに」
「僕は学生に嫌われてるからね、そう話す機会もないよ」
最初は―――不釣り合いだと思ったけれど、やり取りが何だか微笑ましい二人だ。何て言うのかな、すごく自然で紫利さんはいつになくリラックスモードに入っている気がする。
出てくる料理は全部美味しかった。それも少しずつだったからあたしにも食べられる量でちょうどいい。
「紫利ちゃんから聞いたんだよ、柏木さんは小食だから少し少なめに作ってくださいって」
まぁ、そんな気遣いも?
思わず紫利さんを見ると
「蒼ちゃん、そう言うことは本人の前で言っちゃダメでしょう」
「ああ、またやらかした、こう言う所気が利かない」とご主人は額に手を当てたが、何だか二人の気遣いが嬉しくてあたしはふふっと笑った。
ビールは勿論、料理に合うワインや日本酒が次々と出てきてそのどれもが全て美味しかった。
気付いたらご主人の顔は真っ赤に染め上げられていた。
「蒼ちゃん、呑み過ぎよ。弱いんだから無理しないで」
「うん、でも君たちがあまりにも美味しそうに飲むから」とご主人はちょっと恥ずかしそうにはにかんだ。
控えめな笑顔だったが嫌いじゃない。それは春に芽吹く道端に咲くたんぽぽのようなものに思えた。
やがて最後に『年越しそば』と言う名目で小さな御椀に入った掛けそばが出てきた。
「やっぱり年越し前に食べなきゃね」と紫利さんは御椀を上品な手つきで持ち上げる。
そっか……しばらく日本を離れていたからその概念が抜け落ちていた。ママも流石に歳越し蕎麦まで作ってくれなかったし。
あたしも一口口をつけるとそれはとても上品なお出しとお醤油の複雑かつ繊細な味がして、お腹いっぱいだったけれど、食べることができた。