Fahrenheit Ⅳ

元旦の朝、早く目が覚めた。


バスルームに向かう前にタバコを一本吸おうと思ってリビングに向かうと、昨日ガウンの裾で引っ掛けたのか、動かしていない筈のチェス盤の上から黒のキングの駒が転がり落ちていた。


あたしはタバコを口に含みながらそれをゆっくりと拾い上げた。


それは緑川さんと不仲だと言う事実が未来を予想して自ら転がり落ちてくれるのか、と一瞬思ったがそんなに簡単に行くわけない。


二村さんはあたしが思うよりうんと周到だ。緑川さんと仲直りができないのなら他の策を講じるだろう。


油断は禁物。あたしは床に転がったキングの駒を元あった場所へ戻し、目を細めた。コンタクトをいれていないその目にタバコの煙が目に染みた。でも、涙を流すのはあたしじゃない。


二村さん、あなたよ。


その後。あたしはシャワーを浴び、歯を磨いて髪を乾かすといつもだけ少し念入りに化粧を施した。


何と言っても久しぶりにプライベートで啓に会えるわけだから。


これを乙女心って言うのかしら。心音に知られたら笑われるに違いない。


あたしにもまだこんな心が残っていたことに心の中でちょっと苦笑が漏れる。


クローゼットを開け、あーでもない、こうでもないと服に悩んだ。何せ会社に行くわけではないのだ。変に気張るとおかしいし、かといってカジュアルすぎるのも……


結局ジル・サンダーのミルク色がきれいなフリース素材の膝丈スカートとトップスのセットアップに決めた。それに合わせるのは花柄がオシャレに入ったグレーのタイツをチョイス。


うん、これなら張り切り過ぎじゃないし自然かしら。

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