Fahrenheit Ⅳ
代わりに
「何あの娘不釣り合いよね」
「どこぞのヤンキーかしら」
「やだわ。そんな素行の悪そうな子が出入りしてたらイメージが下がるじゃない」
その声は緑川さんにも聞こえていたのか、彼女はキっと目を吊り上げた。
その視線に気づいて散り散りに散っていく住人たち。
人は―――決して見た目じゃない。あたしだって心の中に墨よりも黒いものを抱えている。
「緑川さん、明けましておめでとうございます」と頭を下げると
「あ、明けましておめでとうございま~す」といつも通りの間延びした声。さっきの噂話を気にしているのか深くため息をつくと「あー、もぅ!早くこの服脱ぎたい!こんなの葉月じゃない」と頬を膨らます。
「私の部屋に着いたら着替えてください」
「はい~」と緑川さんはご機嫌に頷き「だけどすっごいマンションですね。葉月の所と雲泥の差。住んでる人たちは感じ悪いけど」と嫌味を交えて周りをキョロキョロ。
「まぁ見た目はきれいですがね」
さっきの住人のやり取りを聞いたでしょう?上辺だけ気にして大して中身のない人々ばかり。まぁ中にはそう言う人だけではないけれど。
「それより早く部屋に入りましょう」
緑川さんが何故このような姿で現れたのか。
二村さんが緑川さんを訪ねてくることを考え、最初緑川さんは普段通りの服で出かけるフリをしてもらった。
そして途中の適当な駅で下車してもらってトイレに入って貰うと、持ってきたジャージ姿に着替えてもらいキャップも被って貰った。さらには念には念を入れて伊達メガネも。それからタクシーでこちらに来てもらった次第だ。古典的な方法だが、これなら二村さんも気づかない筈。
「二村さんは、今日は」
「来てませんけど電話はありました。無視しましたけど、どこで見張られてるか分からないから柏木補佐に言われた通りに」
それが安全だろう。
普段の緑川さんの恰好を知っている二村さんはまさか緑川さんがこんな姿に変装して別人に思わせて、ここまで来てもらった次第だ。
「ダサい」と緑川さんはぼやいていたけれど、両手の中で大事に抱きしめられた紙袋には緑川さんが今朝出てきた服装が入っているのだろう。
「柏木補佐って部屋着もオシャレですね」
緑川さんの無遠慮な視線にあたしは思わず苦笑い。そう大したオシャレをしたつもりはない。
緑川さんを部屋に案内すると
「わぁ!」と緑川さんは声を上げた。「すっごい!広いしきれい!!」
着替えたいと言っていた割にはあちこちの部屋を覗いては「わぁ!」とか「凄い!」とかはしゃいでいる。
まるで子供が初めてレジャーランドに来たみたいな反応に思わず笑みがこぼれてしまった。