Fahrenheit Ⅳ
「ひ、ひとまず休憩しませんか?このままじゃあまり進まない気が」
「それもそうですね、私は一旦控室に戻って考えなおします」瑠華が額に手を当て何か苦しいものを考えるように目を閉じた。
俺たちは瑠華が一人新婦用の控室に入っていく後ろ姿を茫然と眺めるしかできなかった。
一人控室に戻った瑠華が心配で俺は佐々木に適当に言い訳をして本来なら入ることがないであろう新婦用の控室をノックした。
中から返事はない。しかし鍵は掛けられてなかったみたいで、扉をそっと開けると瑠華は所謂女優鏡と呼ばれるライトがチカチカ光っている大きな鏡の前のドレッサーの前、鏡の前少し腰を折って大きなため息を吐いていた。
「………瑠華…」
彼女の背後からそっと声を掛けると、瑠華は驚いたように振り返った。
「部……啓……」
「だからその呼び方やめてよ、ブサイク啓って言われてるみたいに聞こえる」俺はわざとチャラけて肩をすくめてみせた。
この不穏な空気を何とかしようととにかく必死だった。
しかし『情熱』って何だよ。今からYouTubeでも見てくだらないお笑い芸人の芸でも見るか?
と考えている俺に、律儀な瑠華は
「すみません」と頭を下げた。その際、ドレスの胸元の合間から谷間が……思わず涎が……
いかん、いかん…何考えてんの俺。
「やっぱさー、クイックステップやめとく?瑠華もそのドレスじゃ踊りにくいだろうし」
近くにあったテーブルセットの椅子に手を置いてのんびり言うと
「あなたが言い出したんじゃないですか。今更無責任なこと言わないでください」と瑠華がムッと顔をしかめる。
またも叱られた…クスン…
「そうだけど……」
「あなたは一度決めたらそれを貫き通す人です。いえ、でした。あたしはその部分も好きでした」
「―――過去形?」腕を組んで目を上げると、今度は瑠華が黙り込んだ。
こんなんじゃダメだ。だめだと分かっていても軌道修正する術が分からない。
「じゃぁどうしろ、と?」自分の声が低くなっていくのが分かる。瑠華が悪いわけでもないのに。悪いのは完全に俺だ。こんなの完全なる八つ当たりだ。
「そんなことあたしには分かりません」瑠華が俺の顔をじっと見つめてくる。
そんな目で―――そんなまっすぐな目で俺を見るな。
分かってる。
俺が瑠華についていけてないのも。瑠華に迷惑かけているのも。
分かっている―――
でもどうしたら
情熱
気付いたら俺は瑠華の両頬を掌で包み、
口づけを交わしていた。