Fahrenheit Ⅳ

それでもやはりあたしには無意味なもなものでしかなかった。


忘れたい過去。しかしながらこの人は突如として引っ張りだしてくる。予想もしないときに。


「へぇ、やっぱ向こうは違うのかぁ。それとも瑠華ちゃんがセレブだから?」との問いに


「さぁ」と答えた。暗にこれ以上は答えたくない、という意思が伝わったのか葵さんはそれ以上何かを言ってくることはなかった。


それからも言葉少なめに出店を回っていると


「疲れた?そろそろお開きにする?」と葵さんがちょっと翳りのある顔で聞いてきた。


「そうですね、明日の支度もあるので」と言いかけてた時


「危ない」と葵さんに突如肩を抱かれた。


びっくりして目をまばたいていると、葵さんはあたしの肩を抱き寄せ


「あっぶねーな、全然こっち見てなかった」とすれすれにすれ違った大学生ぐらいの男子の群れの方を目配せ。


葵さんが助けてくれなかったら危うくぶつかる所だった。


その大学生が立ち去っても葵さんの手は離れて行こうとしなかった。


「あの…葵さん?」あたしが目を上げると


「あ、ごめんごめん。ここ、人が多いしさ」とにこやかに笑う。


まぁ葵さんの言うことはもっともだけど……


でも、急に肩を抱かれてびっくりした。


葵さんの手のぬくもりはやはり啓に似ていた。


葵さんの存在が徐々に―――あたしの中を侵食し始めてきていることに、今日何となく気づいた。


今日は、これ以上一緒に居られない。


彼をこれ以上内側に入れないよう


「帰りましょうか」と促した。


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