Fahrenheit Ⅳ

持ってきたドレスに着替えると、披露宴用のスタッフの人が控えていて髪を結ってくれた。頼んでいないサービスだったから戸惑ったが、香坂さんが気を利かせてスタッフを準備してくれたようだ。


ヘアメイクさんが髪を結ってくれているとき、聞いた覚えのある曲が流れてきた。


「この曲……」


「ああ、何年か前流行りましたよね。当時結婚式されるカップル方の多くはこの曲を利用されて」


「いい曲ですね」と言うと、女優鏡とも呼ばれる丸い電球がサイドにいくつか配置されていた鏡の中、ヘアメイクさんが目をぱちぱち。


「すみません、私幼少期からアメリカ暮らしで今年の四月にこちらに越してきたものであまり詳しくなくて」


と説明すると


「ああ」とヘアメイクさんは納得の声を出して「平成の歌姫って言われてた人ですよ。この曲彼女が結婚する際大流行りしたんですが、残念ながら離婚してしまって……イマドキのお式にはあまり縁起が良くないかもしれませんが、いい曲ですよね。私は大好きです」


平成の歌姫と言う言われる人の名前を出されてどこで聞いた名前だと気付いた。


「結婚なんて分かりませんよ。大勢の前で愛を誓っても分かれる夫婦はたくさんいますし」とそっけなく言うと


「お客様も経験おありで?」とちょっと気の毒そうな目で見られた。


「まぁ、そんなところですけれど。でも一人になって楽になったっていうか」


「そうですか。うちはもう結婚して二十年。倦怠期通り越してもう老後の心配ですよ」と恐らく五十代のヘアメイクさんが苦笑。話し上手で聞き上手なのはこの仕事が長いからなのだろうか。


しかし口は良く動くのに、手の動きも止まらない。流石ね。


そんな話をしているうちにあっという間に。大き目カールを際立たせたドレスに合わせて少しボリュームのあるアップの髪形ができあがった。その髪型はそのドレスによく映えた。


自分で結うよりそれはだいぶきれいに仕上がり、ドレス映えした。何だか自分じゃないみたい。化粧も同じ専属のメイクさんが行ってくれた。光が当たるから化粧はいつもより何倍も濃く、舞台映えするように、という意見を聞き素直に従った。


まるで血のように赤いブラッディレッドの口紅を筆であたしの唇に慎重に走らせながら、


「お客様、お顔が華やかだからとてもお似合いですね」と、お世辞も交えてくれる。


目元は黒を少しきつめに幅広に入れてラメもたっぷり、心音の普段のメイクと似ている気がした。


心音―――


今日の姿、あなたにも見て欲しかった。


あたしはロンググローブをする前に左手薬指に啓と御揃いのリングを嵌めた。


今日だけは


いいよね。

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