Fahrenheit Ⅳ
メイクとヘアセットが仕上がって、控室を出ると啓が通路の奥から小走りでやってきた。佐々木さんも一緒だ。
「柏木さん、柏木さん」
と声を掛けられ振り返ると二人とも息を呑んだようにその場に立ち止まった。
「わぁ、凄い変身ですね」と佐々木さんがぽかんと口を開けた。
啓は口元を覆い
「何かエロ……」
…………
どうして啓はいつもいつもあたしをそういう性的な目で見るのだろう。
「変ですか?似合ってないとか」と聞くと
「いや、すっげぇ似合ってる、な。佐々木」と佐々木さんの方を振り返る。
「あ、はい!」と佐々木さんが慌てて答えたがその顔がほんのちょっと赤らんでいた。
この会場は何度も来たからもう確認する程でもないけれど最終チェックと言う意味でか、佐々木さんは会場の見取り図が描かれた用紙を広げて
「十字の右側と左側にはそこから出入りできるようにカーテンが引いてあります。お二人はそこからそれぞれ出てきて、十字の真ん中でまずはダンスの挨拶」
あたしは素直に頷いた。
そこからはダンスの一連の動き、移動などを確認した。
「すでに水は張ってあります。練習では水は張っていなかったのでそこが心配ですが、練習通りやりこなせれば問題ないかと」と自分が躍るわけではないのに一番真剣そうな佐々木さん。
「ありがとうございます、佐々木さん」
とお礼を述べると彼はまた一層顔を赤らめた。
「柏木さん、ドレスも髪型もメイクもすごく似合ってますね」と珍しく佐々木さんが褒めてくれた。
普段、その台詞を先に言うのは啓の役目なのに、
「ありがとうございます」と再び小さく頭を下げると
「健闘、祈ってます!」とやや大げさに敬礼の姿勢。その動作に何故だか笑いがこみ上げてきたが、それをこらえるのに大変。
佐々木さんのお陰でちょっと緊張がほぐれたが、
「あー!ダメだ!緊張して体が動くか…」と正装姿の啓が心臓に手を当て深く浅く深呼吸している。
「そんなに緊張しなくても」と若干冷めた目で啓を見ると
「だってみんな見てるんだぜ?」と啓がふぅと大きくため息をついた。
「ライトが強くて観客席なんて分かりません。舞台には私たち二人だけ」
「二人だけ?」啓は目を開いて、僅かにまばたきをすると
「ええ、だから意識することなんてありません」
あたしの言葉が効いたのかな。啓は再び小さく息を吐き、「良し!」と小さく意気込んだ。
あたしたちはそこで別れて裏側から会場の十字に走る右側と左側へと移動した。あたしは観客席から向かって左側。啓は右側。
さぁ、ショーのスタートだ。