Fahrenheit Ⅳ
フェザーステップ、スリーステップ、ヒールターン、バックフェザー
ゆったりとしたスローフォックストロットのポジションもほぼミスなくこなせた。
秒の単位で顔を逸らしてはまた秒の単位で戻した瞬間、彼女と目が合う。そのたった一瞬でさえ幸せに思える。
問題の十字路の溝の水路にターンで入る際にも、瑠華は転ぶことなく難なくこなした。瑠華がターンをする度にドレスの裾が水を跳ねさせ、それはまるで美しい人魚のように思えた。金色の尾びれを持つ唯一無二の俺だけの美しい人魚姫。
人魚姫は海の中で一体何を夢見ていたのだろう。
外の世界、海の上の生活。出逢ったのは難破にあった王子さま。けれどその恋は成就することなく。
泡となって消えた。
王子が他国の姫と結婚できたのは人魚姫の不幸の上の上から成り立ったに幸せ。
誰でも知っている物語。でもこれはアンデルセンの物語だ。ディズニー版では二人は結ばれてハッピーエンド。
俺は―――ディズニー版の人魚姫を、演じているつもり。
誰にも渡さない。
誰にも奪わせない。
瑠華と俺に待ち受けるのは、ハッピーエンドだけだ。
誰かの不幸の上に成り立つ幸せを望んでいない。
「きれい」
方々から声が上がった。
水が跳ねる音が音楽に心地よく溶け込む。まるで最初から計算されていたような。