Fahrenheit Ⅳ

「何!喧嘩?」と誰かの声が上がった。


「あの二人喧嘩する程仲悪かったの?」

「まさか神流部長を取り合って?」

「そう言えば瑞野さんと部長って噂になったことあったよな」

「でも緑川さんは二村くんと付き合ってるんでしょ」


何―――?


視線の先を辿っていくと、緑川さんと瑞野さんが対峙していて二人とも睨み合っているように見えた。そこに啓も居る。


啓はおろおろとどうしていいのか分からないという感じで二人の女性の間で視線を行ったり来たり。


二人は険悪なムードで何か話している。そこへ綾子さんが来てどうやら二人を宥めているように見えたが、二人は聞く耳を持たないようだ。啓は綾子さんに何か話しかけているが、二人の険悪な視線が和らぐことはなかった。


この騒ぎを聞きつけたのか、最初に動き出したのは二村さんだった。


「ちょ、ちょっと通してください」


二村さんは二人の女性をを見て唖然としていた。


あの二村さんが立ちすくむって一体あの二人に何があったのだろうか。


二村さんは二三何かを言い緑川さんの肩に手を置いたが、その手を緑川さんは乱暴に払った。


どうやらまだ仲直りはされてないらしい。それからもまた二村さんは緑川さんに話しかけていたけれど、緑川さんは腕を組み、二村さんの言葉に耳を貸さないつもりかつんと顔を逸らしている。


何だろう……


必要以上に啓に近づくのはどうかと思ったばかりだが、瑞野さんは今仮にもうちの部署にいるし、何より妊婦だ。


「ちょっと…ごめんなさい」と、二人のやり取りを遠巻きに見ていたあたしは人波を縫って彼女たちの場所へと向かった。


二人の姿を見て一瞬ぎょっとした。二人とも衣服が濡れている。それは舞台に張られた水ではないことが一目瞭然。二人は水が張られたステージには近づいていないし。


「何があったんですか」とこそっと啓に聞くと


「何もどうも、緑川がやらかしたんだよ。瑞野さんにオレンジジュースをぶちまけて。それで瑞野さんがシャンパンを緑川にやり返した」


何で………そんなことに。


確かに緑川さんは気性が激しい所が少しあるけれど、それにあのおとなしい瑞野さんがやり返した?


急に頭痛が来た。


思わず額に手を置き


「とにかく、瑞野さん。体調が悪いって言ってましたよね。しばらく私の着てきた服を貸しますのでそれに着替えてください」


体調は悪くなさそうだが、何せ妊婦だ。お腹を冷やして子供に影響を及ぼさないようしなければならない。


桐島さんもあたしの後を追ってきたのか、


「ユニフォームで良ければあるけど、そのままじゃ風邪ひくよ」とちょっと同情気味に緑川さんに声を掛ける桐島さん。


緑川さんはふてくされたように桐島さんの案に頷き、緑川さんは桐島さんの言う裏方へと連れて行かれた。

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