Fahrenheit Ⅳ
「柏木補佐、お気持ちは嬉しいんですが、柏木補佐のドレスも濡れちゃってるじゃないですか」と瑞野さんが心配そうにあたしのドレスの裾に視線を落とす。
確かに膝程まで濡れている状態だが、会場は適度な温度でこれで風邪をひくこともないだろう。
「この温度ならそれ程時間が掛からないうちに乾きますよ。それよりもあなたは早く着替えてきてください。新婦用の控室に着替えが置いてありますので」
あたしは綾子さんを呼び寄せると
「すみません、新婦控室に私の着てきた服があるのでそれを瑞野さんに着せてあげてください」あたしと瑞野さん、身長も体型もあまり変わらないから着れる筈。
「いいけれど柏木さんは?」
「私は大丈夫です。何と言っても彼女は妊婦……体を冷やすのは良くないです」事情を知っている綾子さんに二村さんに聞こえない程度にこそっと言うと綾子さんは大きく頷いた。
「瑞野さん、行きましょうか」と綾子は瑞野さんを連れて場を去った。
後に残された啓と私、そして二村さん。
「二村、お前の女ぐらいてめぇで面倒見ろ」と啓はわざと二村さんの肩にぶつかるようにしてその場を離れていった。
啓も―――必要以上にここに居てあたしの心配をしていたら変に勘繰られる、とでも思ったのだろう。
はぁ…
深いため息が漏れて、急に強いお酒を呑みたくなった。
ビュッフェ形式のテーブルにはリキュールや炭酸で自由にカクテルが作れるようたくさんのお酒のボトルが並んでいた。その中にウィスキーもある。割と名の知れたウィスキーで、その前に伏せられて並べられていたウィスキーグラスを手に取るとあたしはウィスキーを注ぎ入れた。
ついでに二村さんの分も注ぎ入れる。正直彼にもウィスキーをかぶっかけてやりたかったが、その手を何とか止め、彼に手渡した。二人の女性の心情をこのひとはどう受け止めているのか知りたい。