Fahrenheit Ⅳ
ウィスキーの入ったグラスを二村さんに手渡すと、二村さんは苦笑い。
「俺たちのこと、何か聞いてます?」
とウィスキーグラスに口を付け二村さんが子犬のように目を上げる。
「”俺たち”と言うのは誰と誰のことですか」
あたしはグローブを唇で挟み腕手から引き抜くと近くにあった小さなお皿に盛られたお塩をひとつまみ。
二村さんは何故か引きつった笑みを浮かべた。
あたしが二村さんに塩でも撒くと思ったのかしら。
しかしあたしはそれを自分の手の甲に乗せ、ぺろりと舐めた。NYに居た頃はよくこうやって塩を舐めながらウィスキーを飲んだ。
その仕草にほっとしたのか
「……ホントに何も知らない?」と聞かれあたしは頷いた。
「だから混乱しているのですよ。緑川さんと瑞野さんが何故あんな派手な喧嘩をしたのか。まぁ最初からあまり仲良くは見えませんでしたけれど言い合いをする程嫌い合ってはなさそうでしたので」
「実は俺ちょっと前、葉月と喧嘩しちゃってさ」と二村さんは大げさに肩を竦めた。
「では何故、緑川さんはその攻撃先を瑞野さんに向けたんですかね」
あたしの突っ込みに二村さんは慌てて手を振り
「そんなこと知らないよ。たまたま怒りをぶつけやすい所に瑞野さんが居たからなんじゃないの?」
最後までシラを切り通すつもりね。
あたしはまたも塩を舐めた。
それはウィスキーの苦みと相まって不思議な味が口の中で溶け合った。
でも決してまずくない。
緑川さんと瑞野さん、二人の間もこれだけ良好ならいいのだけれど。
「私が知る瑞野さんはやられたらやり返す、という攻撃的な人ではないです。よっぽど緑川さんが酷いことを言い浴びせた可能性がありますが、何か心当たりは?」
「あるわけないじゃん」と二村さんは眉を下げた。
全て知ってるくせに、まだ嘘に嘘を重ねようと言うのか。
一度着いた嘘は―――最後まで貫き通さないと”真実”にならない。
あたしの喉を塩辛い何かが滑り落ちた。
さて、これからどう出よう。
あたしはまた一舐め、塩を口に含んだ。