Fahrenheit Ⅳ
目と目が合ったのは一瞬だった。啓はすぐにふいと視線を外し、瑞野さんに何事か喋りかけている。その顔には笑顔が浮かんでいた。
何で―――
何で、その笑顔を彼女に向けるの?
何でそんな風に楽しそうにしているの?
あんな風に情熱的にキスをしたのに、『好き』って言ってくれたのに、あれは全てダンスを成功させるための作戦だったのか。
そう思うと酷く自分が惨めになった。
バカみたいに一人浮かれて。
クリスマスも、カウントダウンも、正月も二人っきりではなかったが過ごすことができた。
あの出来事ですら彼の中で作られた偽の恋物語に思えてきた。
そう思うと涙さえ浮かんできそうになる。
唇を噛んで必死に堪えていると
近くにいた女性の社員が
「あの噂ホントだったんだ~」
「神流部長と瑞野さんが付き合ってるって言う噂?お似合いだよね~」とひそひそ。
付き合ってる―――……
「単なる噂だから気にすることないよ。ほら疲れただろうし、シャンパンでもどお?」とウェイターからシャンパンを受け取って手渡してくれたのは麻野さん。
「そのマントも似合ってるね。どこかの姫みたいだ」
麻野さんもマナミさんと同じようなことを言うのね。
でもどのお姫様も幸せになる。中にはごく一部なれなかった姫もいるけれど。