Fahrenheit Ⅳ
壊れたおもちゃを直そう。
♠ K ♠
瑞野さんが杏仁豆腐のようなものが入ったカップを取ってそれを食べながら
「美味しい。部長もいかがですか?」と話しかけてきて、それに頷きかけていた所だった。
「啓人、ちょっといいか?」と裕二が声を掛けてきた。
「おう」と振り向くと、裕二は俺の耳に顔を寄せて
「柏木さん帰ったぞ」
「え!?」
「体調悪いってサ」
さっきまで普通に見えたのに。大丈夫だろうか。ダンスで疲れたんだろうか。
「お前さ、状況は分かるけどもう少し柏木さんの気持ちも分かってやれよ」とため息交じりの言葉で耳打ちされ、目を開いた。
瑠華は―――俺と瑞野さんが仲良くしているのが気に入らなかったのか。
いや、それだけの理由でスネて帰るような女じゃない。
「瑞野さん、ちょっと席外す。ちょっとトラブル」と言って
「え?トラブル?大丈夫ですか?」と心配そうに眉を寄せていた瑞野さんの次の言葉を聞かずして俺は会場を出た。
「柏木さん」と声を掛けながら新婦用の控室をノックしたが中から返事がない。
思い切ってドアノブに手を掛けると、鍵は掛かっておらずドアは外側に開いた。
そこはがらんとしていて何もなかった。
「柏木さん?―――瑠華……?」誰も居ないと分かっていても俺はそっと声を掛け新婦室の中をぐるりと回った。女優鏡の横に置いてある丸いゴミ箱に瑠華が飲んでいた経口薬が封が切られて捨てられていた。
瑠華―――
俺は慌てて瑠華に電話をしたが
『お掛けになった電話は現在電波の繋がらない所か電源が切られている…』と言う虚しいアナウンスが流れてきて
「くそっ!」俺は八つ当たり気味で瑠華が座っていたであろう椅子の背もたれを叩いた。
このまま自棄を起こして何もなければいいのだが。
やはり、あの時瑠華から視線を逸らしたのがいけなかったのか―――
二村の目を気にして瑞野さんの方へと顔を向けたのが。
彼女の心を壊してしまったのか。
いや、もうずっと前に彼女の心は壊れていた。
それを最近徐々に直してきたつもりなのに、俺が―――、一瞬にして壊してしまったかもしれない。
仕方なしに俺は会場に戻ることにした。あまり長い間不在だと怪しまれるかもしれない。
会場に戻ると
「啓人」と親父に声を掛けられた。
んだよ、今俺は忙しい……
「あ?」不機嫌を押し隠すことなく聞くと
「瑠華ちゃん帰ったみたいだな。体調不良だと」
「………知ってる……」
俺が俯くと
「お前、瑠華ちゃんに何かしたのか?」と親父の鋭い突っ込みが入って来る。
「別に何も。てか俺らそう言う関係じゃないから。因みにセクハラもパワハラもしてないぞ」と人差し指を親父に突き立てると
「まぁそれならいいんだが」
と親父は納得がいったのかいってないのか、専務の方へと歩いて行った。