Ma Chérie
繁華街。
黒塗りの高級車が静かに交差点へ滑り込む。
その後方には、寸分の乱れもなく続く数台の黒い車。
黒いスーツに身を包んだ男たちが無言で周囲を警戒している。
その姿が現れた瞬間。
さっきまで賑わっていた街は、水を打ったように静まり返った。
誰も近付かない。
誰も声を掛けない。
視線だけが、その男を追う。
畏怖と緊張を隠し切れないまま。
後部座席のドアが静かに開く。
黒いロングコートが春風を受け、ゆっくりとなびく。
その下には、一切の乱れがない漆黒のスーツ。
磨き上げられた革靴が石畳を静かに鳴らす。
長身。
均整の取れた体躯。
整い過ぎた端正な顔立ち。
氷のように冷たい双眸。
誰をも寄せ付けない圧倒的な威圧感。
カムイ。
裏世界の王。
街で最も恐れられ、神のように畏れられる男だった。
一人の部下が静かに歩み寄る。
「頭。本日の予定ですが――」
「後だ」
低く短い一言。
それだけで部下は深く一礼し、それ以上は何も言わなか
った。
カムイは無言のまま街へ視線を向ける。
今日も、昨日と同じ景色。
興味も感情もない。
世界はただ流れているだけだった。
――そのはずだった。