愛が全てじゃないけれど
 昨日の合コンとキスを除けば、慶太朗はきっといい恋人だ。

 お互いに忙しいことをわかっているから、あまり会えないことに文句を言わないし、家事は女の仕事だとか言わないし、デートで食べたいものや行きたい場所は私に合わせてくれるし。


 いい、恋人よ……。


 けれど、それでも、人を好きになるのが理屈じゃないように、好きな気持ちが醒めるのも理屈じゃなくて。

「どうして、男と女じゃ違うの?」

「え?」

「男は浮気してもいいけど、女はダメ?」

「そんなこと――」

「――じゃあ、何が違うの!? 男と女で!」

 自分が思うより、感情的になってしまった。

 はぁ、と息を吐くと同時に、慶太朗の手が私から離れた。

 慶太朗が今にも泣きそうな、いや、涙目で視線を彷徨わせている。

 何か、私を宥めるための何か、いい言葉を考えている。一生懸命。

 私と別れないために言えることを、できることを、一生懸命考えていくれている。


 だけど、私は……。


「してないわ、キス」

「美空……」

「男とか女とか関係ない。『私は』しない。それに――」

 責めるのは簡単だ。

 嘘を吐いたこと、他の女とキスをしたこと、その後三時間も連絡をしてこなかったこと。

 けれど、責めてどうなることでもない。

 そして、後味が悪くなるだけなら、言う必要もない。

「――別れよう」

「やだ!」

 被せ気味に言った慶太朗の声が廊下に響く。

「ごめん! 本当に、ごめん! もうしない。絶対しないから! 頼む!」

 必死な彼の声にも、気持ちが揺らがない。

 それが、答え。

「ひと月前の私だったら、慶太朗が他の女とキスしてるの見たら怒ってたと思う。何やってんのよ! って殴ってたと思う」

「美空!」

「おかしいでしょ? 恋人が他の女とキスしてるの、ただ見てたのよ? そんなの――」

「――頼むから!」

「愛してないって……ことじゃない」


 言葉にしたら、ずっと喉につかえていた何かがストンッと落ちていった。

 こうなるとわかっていたから、言葉にしなかった。

 するのが、怖かった。

 嫌いになったわけじゃない。

 一緒にいるのが嫌になったわけじゃない。

 ひと月前なら本当に、合コンもキスも、奈都の言った通り怒って殴って、しばらく会うのもキスするのもセックスするのもお預けにして、仲直りできた。

 でも、今はできない。

 きっかけは、あった。

 小花ちゃんとのキスは、決定打になっただけ。


 自分の気持ちを確認する、決定打――。


 慶太朗がぎゅっと目を瞑って涙を堪え、それでも手の甲で鼻下をこすると、私を見た。

 その瞳は間違いなく涙に濡れている。

「嫌だ! 別れない! 俺は美空が好きだ!!」


 わかってる。


「結婚だって……考えて――」
 

 うん、わかってる。


「――マジで、考えて……」


 うん、わかってたよ。


「頼む! チャンスをくれ。俺、美空の気持ち取り戻せるように頑張るから! 頼む!」

 男泣きが恥ずかしいなんて思わない。

 それくらい私と別れたくないって、思ってくれているのだから。

 私だって、泣きそうだ。

 別れを告げる方だからって、ツラくないわけじゃない。

「ごめん」

 けれど、言い出したからには泣けない。

 泣いちゃいけない。

「ごめん」

「嫌だ!」

「慶太朗……」

「俺は諦めない!」

 慶太朗の両手が私の肩と腰を掴み、引き寄せる。

 抵抗しようと両手で振り上げた時、手からコンビニの袋が放り出された。

 あ! と思った時には慶太朗の顔がずいっと近づき、彼の唇が私の唇に触れた。

 慶太朗の肩に置いた手を強く押せばきっと、突き飛ばせる。

 けれど、私はそうしなかった。
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