愛が全てじゃないけれど
 キャビネットをピシャリと閉めると、挿したままの鍵を回して抜き、部長の引き出しに入れた。

「それとも、もう合コン相手と付き合ってる?」

「え?」

「先週、俺もあの店にいた」

 蜂谷さんが何でもないことのようにさらりと言った。

 私は、先週が合コンの日、あの店が合コンの店だと察し、気まずさから目を逸らす。

「気づきませんでした」

「隅の席だったし、お前らに背を向けて座ってたから」

「そう……ですか」

 なぜ蜂谷さんが、私と慶太朗が付き合っていたことを知っているかわからないが、知っていたのならあの日私が、恋人がいながら参加した合コンの場で恋人(慶太朗)の裏切りを知り、その場で別れる宣言をしたことも知っていると言うことだ。

「別れたんだろう?」

「蜂谷さんには――」

「――なら、俺と飯に行けない理由はないよな?」

 ある。

 慶太朗とわかれたかどうかなんて関係のない理由が、ある。

 それは、蜂谷さんだってわかっているはずだ。


 それとも、三年以上前のたった一度のキスは忘れた!?


 かもしれない。

 でも、私は忘れていないし、忘れたフリもできない。

「行きたくない、は理由にはなりませんか」

 蜂谷さんが私を見た。

 私も彼を見ている。

 私がこだわり過ぎなのかもしれない。

 けれど私は、たった一度だから、三年も前だから、なんて割り切れるほど気安くキスなんてしない。


 蜂谷さんは割り切れるんでしょうけど……。


「大熊」

 蜂谷さんがゆっくりと私のすぐ目の前まで歩いてきて、思わず視線を逸らした。

 三年半前まで、好きだった(ひと)

 いや、いつまでかはわからない。

 少なくとも、三年半前は好きだった。

 恋人が、婚約者がいるとも知らず、好きだった。

 そして、彼もまた私に部下以上の感情を抱いてくれていると思った。

 そう思わせる『何か』は確かにあった。

 視線だったり、表情だったり、言葉だったり。

 だから、気持ちが通じてるのだと思って、キスを受け入れた。


 私の勘違いだったわけだけど……。


「支倉とは別れたんだよな?」

「……」

 否定も肯定もしなかった。

 どうして素直に答えてやらなきゃいけないんだと、意地になって。

 私はただ、爪先を見ていた。

 私と、彼の爪先を。

「大熊」

 低く穏やかに鼓膜を抜ける声。

 私を鬼主任に育てた人だ。

 日頃は少し威圧的なきつい口調なのに、二人きりの時に不意に今のように優しい声になるから、勘違いした。

 今はもう、この彼の声に特別な意味などないと知っている。

 とはいえ、無言でやり過ごすのも無理がある。

「どうして……知ってるんですか。私と慶太――支倉くんのこと」

「一緒にいるのを見た」
 
 偶然とは恐ろしい。

 人事部と営業部はフロアが違うから、私と慶太朗が社内で顔を合わせることはまずない。

 エレベーターやエントランスで偶然、という程度だ。
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