愛が全てじゃないけれど
「大熊。支倉を好きだったか」
答えたくない。
答えたくないし、答える必要なんてないけれど、彼がやけにこだわっているこの問いから逃れられる気がしない。
「……好きじゃなきゃ、付き合ってません」
「本気で?」
「どういう――」
「――結婚を、考えていたか?」
「――っ! 答える必要、ありますか!?」
どうして、過去に好きだった男に、他の男と結婚したかったかと聞かれなければならないのか。
そして、私に期待させるようなキスをしておきながら、次に会った時には結婚するとかしたとかいう話をした男でもある。
奈都に彼とのキスは話していないけれど、きっと知ったら、私が怒るのは当然だと言ってくれるはず。
「なんなんですか!? 私が誰を好きだろうと、誰と付き合おうと蜂谷さんには関係ないでしょう!? 蜂谷さんが誰と結婚しようと、どこに転勤しようと関係なかったように!」
「してない」
「はっ!?」
「結婚、してないよ」
「え――?」
だって、あの時部長は確かに『嫁さん』って言った。
蜂谷さんも頷いていた。
「なぁ、大熊」
コツと靴音が響く。
私の三歩は、彼には一歩半てところで、あっさりと距離を詰められてしまう。
もう一度伸ばされた彼の手から逃れなければと思うのに、なぜか私以上に思いつめた表情でそうされると、動けなくなった。
蜂谷さんの大きな手が、そっと私の肩に触れ、髪を一束指ですくった。
「支倉を本気で好きだったか?」
好きだったと、答えればいい。
本気だなんだと、目に見えないものは嘘かどうかもわからない。
なのに、唇がうまく開かない。
コツ、とまた一歩近づく彼。
金縛りのように身体が動かない。
声も出ない。
瞬きすらできない。
が、金縛りはすぐに解けた。
彼の言葉によって。
「お前は、本気で男を愛したことがあるか?」
「――――っ!」
どうしてあなたがそんなこと――!
パチンッと小気味いい乾いた破裂音に似た音が響く。
私が彼の手を叩き払った音。
「あなたにだけは言われたくない!!」
私は机の引き出しからバッグを持ち出すと、パソコンの電源を切るのも、引き出しを閉めるのも忘れて走り出した。
「大熊!」
蜂谷さんの声にも振り返らず、頬を伝う涙も拭わず、転げ落ちそうな勢いで、階段を駆け下りていた。