愛が全てじゃないけれど
「次の約束は?」
「忙しいみたいで――」
「――時間てのは作るのよ。予定ってのはこじ空けるのよ! 仮病でもなんでも使いなさいよ!」
そこまでされるのは、ちょっと……。
奈都はコップ半分の冷たいお茶を飲み干して、興奮を冷めやる。
「どうしたの? やけに私と峰濱さんをくっつけたがるのね」
奈都が唇を捻らせて、俯く。
「美空が支倉と別れることになったの、私のせいよね」
「え?」
「美空は違うって言ったけどさ? 私が合コンに連れて行かなきゃ――」
「――今も慶太朗の浮気を知らずにいたかもね?」
「……そうね」
それがいいことではないと、奈都もわかっている。
そうは言っても、責任を感じているのだろう。
「合コンに行ってなくても、慶太朗とは別れていたと思う」
「どうして?」
「奈都と鈴原くんが別れた時、慶太朗は怒ってたの。男同士だし友達だから当たり前なんだろうけど、鈴原くんが可哀想だって、別に生むなって言ったわけでもないのに別れるって酷いって、怒ってた」
「でしょうね」
「うん。私もムキになっちゃってね? じゃあ私が妊娠しても、慶太朗は狼狽えるんだ? って聞いたの。あの瞬間、違うって思った」
正確には、しまった、と思った。
あの問いで、慶太朗に私との結婚を意識させてしまったと気づいたから。
慶太朗は想像した。
私が自分の子供を妊娠したかもしれない、と告白する場面を。
そして一瞬、嬉しそうな表情をした。
対して、私は違うと思った。
「自分が慶太朗の子供を妊娠したかもしれないって想像した時、喜べる自信がなかったの。私は……慶太朗との未来まで考えていなかった」
恋愛の未来に結婚がある、と聞いたことがある。
でも、ない場合もあるわけで。
それは、どちらかが望んだ時、どちらかは望んでいないとか、そういうすれ違い。
結婚したくない人もいるだろう。
結婚するつもりでいても、些細な喧嘩で別れてしまうことも。
とにかく、全ての恋愛が結婚に繋がっているわけではない。
「付き合っていれば、考えられたかもしれないじゃない」
「そう……かもね。でも、そうしようと思えなかったの。今はうまくいってるんだし、慶太朗にプロポーズされたらまた考えようって」
「支倉が合コンに行ってなくても、別れてたってことか」
「うん。だから、全然奈都のせいじゃないから」
「……わかった」
店の入口が騒がしくて見ると、いつの間にか順番待ちの人だかりができていた。
私と奈都は立ち上がり、店を出た。
「吉良が言ってたじゃない?」
冷たい風にコートの襟を立てながら、奈都が言った。
「峰濱さんが自分から女を誘うの、珍しいって」
「うん」
「ホントに、超激レアなんだって」
「激レア……」
あまり素直に喜べない表現に、私の頬は冷風に曝される以上の寒さを感じた。
「何が言いたいかっていうとね」
奈都の顔がずいっと近づく。
「美空はイイ女だってこと」
私より嬉しそうな表情で、親友はひらひらと手を振ると、駅に向かって歩いて行った。
イイ女、か。
それは嬉しい。
私は親友に背を向けて駅を目指す。
そして、駅の手前で横断歩道に足止めされた時、スマホを取り出すとメッセージを入力した。
〈今夜は寒いですね〉
他愛のない一文を、峰濱さんに送る。
信号が変わるより早く、返信がくる。
〈風邪ひかないように気をつけて〉
信号が変わる。
私は足早に横断歩道を渡り切り、道の端で立ち止まった。
白い息がスマホを包む。
〈ありがとうございます。峰濱さんも気を〉と打って、消した。
〈ありがとう。成悟さんも気をつけて〉
送信すると同時に既読になった。
そして、すぐに返信がくる。
〈ありがとう〉
絵文字も顔文字もない、五文字。
けれど、その五文字に胸の奥が少しだけ温かくなった。