愛が全てじゃないけれど
「美空さん?」

「いいんですか? 今の女性」

「秘書なんだ。会食に同席していて送っていくところで」

「そうですか」

「たまたま俺が飲まなかったからそうしただけで、いつもは別々にタクシーで帰ってるし、大丈夫」

 私でも気づいた、彼女の気持ち。

 成悟さんは気づいていないのだろうか。


 これが神海さんなら、奈都は問答無用でネクタイを引き抜いてるわね。


「行こう。送るよ」

 成悟さんが私の腕からショップバッグを引き抜く。

「あ!」と思わず声をあげてしまった。

「うん?」

「割れ物が入っているんです。なので私が――」

「――気をつけるよ」

 そう言った彼が私に背を向ける。

 身軽になった私は、彼の背を追う。

 荷物を後部座席に載せた成悟さんが、助手席のドアを開けてくれて、私は素直に乗り込んだ。

 ふわりとスパイシーでありながら甘さも含む香りが鼻につく。

 あの秘書の香水だろう。

 香水はつけず、せいぜい気に入ったハンドクリームを首筋に少し塗るくらいの私には、少し不快な香り。

「食事はした?」

 運転席に戻った彼が、シートベルトを締めながら聞く。

 返事を迷う。が、素直に答えた。

「いえ」

「何が食べたい?」

「え? でも――」

 成悟さんは食べ終えている。

「――とりあえず行こう」

 彼がハザードランプを消し、車を発進させる。

 ゆっくりとスピードを上げ、私が乗るはずだった列車とすれ違う。

「今日はごめん」

 前を見たまま、彼が言う。

 私も前を見たまま、答えた。

「いいんです。こうして会えたから」

「会えなかったら、怒ってた?」

「怒っては……」

 なんとなくそれ以上は言いにくくて、ドアの窓に目を向ける。

 信号で停まると同時に、膝の上の手が大きくて温かな彼の手に包まれた。

「会えて良かった」

「私も」

 成悟さんの人差し指がクイッと曲げられて、私の指の付け根をくすぐる。

 深い意味はないのかもしれない。

 なのに、私は彼の指先の熱を意識し、加速する鼓動が成悟さんに聞こえないか心配になる。

 信号が変わり、彼の熱が離れ、少しホッとし、かなりガッカリした。


 手が触れただけで、ドキドキしすぎでしょ。


 経験値の低さが嫌になる。

「鍋でも食べに行こうか」

「え?」

「寒かったろう?」

 私が彼の手を温かいと感じたということは、成悟さんは私の手を冷たいと思ったはず。

 確かに外を歩いていたし、最近は風が冷たくなった。

「温かいものを食べよう」

 今はさっきよりもかなり体温が上昇しているなどとは言えず、私は「いいですね」なんて澄まして答えた。

 成悟さんが連れて行ってくれた古風な一軒家に見える店は、引き戸に『小鍋亭』と書かれた暖簾がかかっていた。

 彼は常連らしく、カウンターの向こうのご夫婦と挨拶を交わす。

 ラーメン屋のような店内に客はおらず、私たちはカウンターの中央に座った。

 メニューにはたくさんの種類の鍋の写真が載っていて、どれも一人分か二人分かを選べる。

 それ以上の人数分は要相談だそう。

「どんな鍋が好き?」

 私はメニューを見つめ、悩み、成悟さんに「お勧めはどれですか?」と聞いた。
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