愛が全てじゃないけれど
 思わず独り言ちてしまった。

 冷たい風に髪が乱れ、手櫛で整える。

 寒いはずが怒りで身体は火照っていた。

 コンビニで水でも買って飲まなきゃ落ち着けないなと思って、身体を反転させると、まさかの蜂谷さんが立っていた。

「お疲れ、マジで」

「なんで――」

「――小腹空いて」

 蜂谷さんが、手に持っているビニール袋をひょいと持ち上げて見せる。

 まだ会社の近くだ。

 このコンビニは社員がよく利用するし、定時後とはいえ見聞きされる可能性はある。

 現に、こうして蜂谷さんに見られてしまった。

 よりにもよって、蜂谷さんに。


 今日は厄日かなにかなの……。


「お疲れさまです。ここで見たことは、他言無用でお願いします」

「わかってる。大丈夫か?」

「大丈夫です。ただ――」

 私は振り返り、小花ちゃんが走り去った道を眺めた。

 当然、彼女の姿はもうない。

 エントランスで慶太朗を待っているのか。

「――恋は盲目ってか」

「恋、ですかね?」

「あの合コンの時、あの子のいないところで友達が話してたな。男見る目なさすぎて笑える、とか」

「え?」

「友達にも男にも恵まれてないらしい」

「そう……ですか」

 合コンでは友達と楽しそうに見えたが、見えただけだったのか。

「支倉は確かに優しいからな」

「そうですね」

「それが仇になって本当に好きな女を失うくらいなら、優しさなんて無意味だな」

「そうですか? 優しいのが問題なんじゃなくて、優しすぎるのが問題なんですよ」

「え?」

 何気ない言葉にすごく驚かれて、そのことに驚いた。

 おかしなことを言っただろうか。

 けれど、蜂谷さんはすぐにハッと息を吐いて、笑いながら「確かに」と言った。

「そんなことにも気づかないくらい、盲目的に恋をしてた頃が懐かしいな」

「それは――」

 誰のこと? と聞こうとして、やめた。

 蜂谷さん自身が懐かしがっているにしても、私に共感を求めたにしても、危うい話題だ。

「――お疲れ様でした」

 不自然に会話を切り上げ、ぺこりと頭を下げる。が、一歩踏み出す前に阻止された。

 ペットボトルの水に。

 今買ってきたばかりのミネラルウォーターの底を目の前に突きつけられる。

「コーヒーがいいか? ペットボトルのは好きじゃないって言ってた気がするけど」

「――っ!」


 どうしてそんなこと、憶えてるの……!?


 私は缶コーヒーやペットボトルのコーヒーが好きじゃない。

 カフェオレは好きだけれど、ブラックは缶やペットボトルを避ける。

 以前、一緒に働いていた時に話したことがあった。

 それから、彼は私への差し入れにカフェオレや紅茶を買ってくれるようになった。


 もう……、三年以上前のことなのに……。


 私はペットボトルを受け取った。が、蜂谷さんは離さない。

「?」

 なんなんだと彼を見ると、寂しそうに目を細めて私を見ていた。

「あの時の俺も、他の何も気にせずにお前だけを見ていたかった」

「なにを――」

 ペットボトルを離そうとしたら、先に彼が離した。

 落ちそうになったペットボトルを掴むと、その手を彼に掴まれた。

 私の手がペットボトルをペコッと凹ませる。
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