汚部屋の姫に、目覚めのキスを。
 木製の脚付きキャビネットや、ファブリックソファ。デンマークデザインの円形ローテーブルに、リーフ柄のラグ。
 私の理想を詰め込んだ部屋、だったのに。

 日々仕事に追われ、疲弊し、何も出来なくなった。

 ファブリックソファは、鞄と洋服の置き場と化している。
 キャビネットに入れていた小物類は、毎回出して片付けるのが面倒くさくて、出しっぱなしになった。しかも、その前に仕舞い忘れた布団や毛布が置いてあって、引き出しが開けられない。

 ローテーブルの上は化粧品でぐちゃぐちゃで、ご飯の時は退けてから食べる。

『家具の調子はどうですか?』

 嶋さんにアドバイスもらって買った家具だけど、こんな状態になってるなんて、正直に言えるわけない。

 それに私は、もう一つ苦手な事がある。それは……。
 


 朝は一日で一番忙しい時間。慌ただしく出勤準備をする。
 カチカチッと乱暴にリキッドファンデーションのボトルを振って押してみるが、プシュっと情けない音がするだけだ。

「あ〜、うそ、終わっちゃった!」

 メイクボックスの一番下の引き出しを開けると、空ボトルが何個も出てきた。その他に使い終わったマスカラや、リキッドアイライナー、リップの容器などゴロゴロ出てきた。

「うわっ。こんなにあったんだ。どーすんだ、これ……」
 溜息を漏らす。

 もう一つの苦手な事、それはゴミ捨てだ。

 実家にいた時は、母に『これ捨てといて』と渡せば済んだ。情けないけど……。

 可燃ゴミ、不燃ゴミ、プラスチック、缶、瓶などあって、捨て方も様々。

 プラスチックは綺麗に洗わないといけない。
 リキッドファンデーションのボトルはプラになってるけど、洗えないからどうするんだろう?
 同じように、ハンドクリーム、洗顔フォーム、歯磨き粉のチューブも捨てられずにいる。

 制汗スプレーや殺虫剤スプレーなどのスプレー缶は、穴を開けないといけないらしい。
 爆発したって話を聞いたことあるし、怖くて出来ない。そのまま部屋の端に何本も並べてある。

 空箱やダンボール箱も、潰して紐で縛ってとか決まっていて、後回しにしていたらどんどん増えた。

 考え始めると訳がわからなくなって、……私は考えることを放棄した。


 ゴミは心の隙間に入り込む。
 ゴミはこちらの戦意を喪失させる。
 ゴミは仲間を連れてくる。
 ゴミは部屋を占領する。
 そうして、ゴミの巣食う世界に堕ちると、もう抜け出せないのだ。

  

 ◇ ◇ ◇

 今日は朝から調子が悪かった。
 生理中だったせいか、だるくて寝坊してしまった。その後も腹痛が酷くなり、注意力散漫。仕事では細かいミスを連発して、先輩に注意されてしまった。

 そんな時に限って定例ミーティングもあって、退社が遅くなった。

「……う。痛い……」

 鎮痛剤は飲んだが、効いた気はしない。片手をおなかに当てながら、帰路をノロノロと歩く。

 足に力が入らなくて引きずって歩くと、パンプスのヒールがズリズリとした摩擦音を立てていた。
 やっとの事でマンションに到着する。

 ほっとしたからか、急に目の前が暗くなるような目眩と吐き気がして、エントランスで座り込んでしまう。
 脳貧血かもしれない。昔、倒れた時もこんな感じだった。

 しばらくうずくまっていると、ばたばたと走る足音が近づいてくるので顔を上げる。ぼんやりする視界に、男性の姿が見えた。

「え、坂上さん!?  どうしたんですか? 大丈夫ですか!?」

「し……ま、さん……?」

「びっくりした。誰か座り込んでるから。大丈夫? 具合悪いの?」

「は、い……。でも大丈夫……です。ただの貧血……ですので」

「貧血? すごい顔色悪いよ。立てる? 部屋まで送るから」
 嶋さんは屈んで、こちらを覗き込む。
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