好きでいっぱい

第10話  ふたりの未来

朝から空は薄い雲に覆われていた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、今日の胸の奥の気持ちみたいだった。

昨日の帰り道のことを思い出す。
手をつないだ温かさ。
曇り空の下で交わした「また明日」。

胸の奥が静かに満たされる。

「……今日も会えるかな」

小さく呟く。
恋人になってから、こうして“会いたい”と思う時間が増えた。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

悠真さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも、もう隠す必要はない気がした。

「座っててください。少し話したいことがあって」

「話したいこと……?」

胸が少しだけ跳ねる。

◇

窓際の席に座ると、ラテが運ばれてきた。
泡の上には、昨日より少し丁寧なハートが描かれていた。

「雨宮さん」

「はい?」

「最近、毎日来てくれてますよね」

「……はい」

「嬉しいです」

その言葉だけで胸が温かくなる。

「僕、雨宮さんと過ごす時間がすごく好きで……」

「……私もです」

言葉にすると、胸がまた静かに熱くなる。

悠真さんは少しだけ視線を落とした。
それから、ゆっくりと口を開く。

「いつか……なんですけど」

胸が跳ねる。

「雨宮さんと、もっと一緒にいられたらいいなって思うことがあります」

「……もっと?」

「はい。帰り道だけじゃなくて、朝とか、休日とか……」

言葉がゆっくり、慎重に紡がれていく。

「いつか……一緒に住めたらいいなって」

心臓が止まりそうになる。

「……え……」

「もちろん、すぐじゃなくていいです。
雨宮さんのペースでいいです。
でも、そんな未来を想像してしまうくらい……」

少し照れたように笑う。

「雨宮さんのことが好きなんです」

胸がぎゅっとなる。
昨日までの甘さとは違う、少しだけ深い温度。

「……桐生さん」

声が震える。

「私……そんなふうに思ってもらえるなんて……」

言葉がうまく出てこない。
でも、胸の奥は静かに満たされていく。

「嬉しいです……すごく」

悠真さんは安心したように笑った。

「ゆっくりでいいですよ。
急がなくていいです。
ただ……いつか、そんな未来があったらいいなって」

「……はい」

その言葉は、曖昧な天気の中でもはっきり聞こえた。

◇

閉店後。
外は雨が降りそうで降らない曇り空だった。

「今日は……歩いて帰りましょうか」

「はい」

二人で並んで歩く。
昨日より近い距離。
手をつなぐと、胸の奥が静かに熱くなる。

「雨宮さん」

「はい?」

「未来の話、急にしてごめんなさい」

「いえ……嬉しかったです」

「よかった」

曇り空の下で交わす言葉は、昨日より少しだけ深かった。

◇

隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

昨日より少しだけ長い沈黙。
でもその沈黙が心地よかった。

「おやすみなさい、雨宮さん」

「……おやすみなさい」

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、悠真さんの書き込みが先にあった。

◆レシピノート(交換日記)

桐生悠真
『急がなくていいです。
雨宮さんのペースで進めたいです。
いつか一緒に住めたらいいなと思っています。
その未来を想像できるくらい、雨宮さんが大切です。』

雨宮陽菜
『未来の話をしてくれて嬉しかったです。
まだ少し怖いけれど、
桐生さんとなら、ゆっくり進んでいけそうです。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

曇り空の帰り道は、今日も静かに恋を進めてくれた。

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