好きでいっぱい

第10話  ふたりの未来

朝から空は薄い雲に覆われていた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、今日の胸の奥の気持ちみたいだった。

昨日の帰り道のことを思い出す。
手をつないだ温かさ。
曇り空の下で交わした「また明日」。

胸の奥が静かに満たされる。

「……今日も会えるかな」

小さく呟く。
恋人になってから、こうして“会いたい”と思う時間が増えた。



夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

悠真さんが、昨日より少し柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも、もう隠す必要はない気がした。

「座っててください。少し話したいことがあって」

「話したいこと……?」

胸が少しだけ跳ねる。



窓際の席に座ると、ラテが運ばれてきた。
泡の上には、昨日より少し丁寧なハートが描かれていた。

「雨宮さん」

「はい?」

「最近、毎日来てくれてますよね」

「……はい」

「嬉しいです」

その言葉だけで胸が温かくなる。

「僕、雨宮さんと過ごす時間がすごく好きで……」

「……私もです」

言葉にすると、胸がまた静かに熱くなる。

悠真さんは少しだけ視線を落とした。
それから、ゆっくりと口を開く。

「いつか……なんですけど」

胸が跳ねる。

「雨宮さんと、もっと一緒にいられたらいいなって思うことがあります」

「……もっと?」

「はい。帰り道だけじゃなくて、朝とか、休日とか……」

言葉がゆっくり、慎重に紡がれていく。

「いつか……一緒に住めたらいいなって」

心臓が止まりそうになる。

「……え……」

「もちろん、すぐじゃなくていいです。
雨宮さんのペースでいいです。
でも、そんな未来を想像してしまうくらい……」

少し照れたように笑う。

「雨宮さんのことが好きなんです」

胸がぎゅっとなる。
昨日までの甘さとは違う、少しだけ深い温度。

「……桐生さん」

声が震える。

「私……そんなふうに思ってもらえるなんて……」

言葉がうまく出てこない。
でも、胸の奥は静かに満たされていく。

「嬉しいです……すごく」

悠真さんは安心したように笑った。

「ゆっくりでいいですよ。
急がなくていいです。
ただ……いつか、そんな未来があったらいいなって」

「……はい」

その言葉は、曖昧な天気の中でもはっきり聞こえた。



閉店後。
外は雨が降りそうで降らない曇り空だった。

「今日は……歩いて帰りましょうか」

「はい」

二人で並んで歩く。
昨日より近い距離。
手をつなぐと、胸の奥が静かに熱くなる。

「雨宮さん」

「はい?」

「未来の話、急にしてごめんなさい」

「いえ……嬉しかったです」

「よかった」

曇り空の下で交わす言葉は、昨日より少しだけ深かった。



隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

昨日より少しだけ長い沈黙。
でもその沈黙が心地よかった。

「おやすみなさい、雨宮さん」

「……おやすみなさい」



部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、悠真さんの書き込みが先にあった。

◆レシピノート(交換日記)

桐生悠真
『急がなくていいです。
雨宮さんのペースで進めたいです。
いつか一緒に住めたらいいなと思っています。
その未来を想像できるくらい、雨宮さんが大切です。』

雨宮陽菜
『未来の話をしてくれて嬉しかったです。
まだ少し怖いけれど、
桐生さんとなら、ゆっくり進んでいけそうです。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

曇り空の帰り道は、今日も静かに恋を進めてくれた。

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