好きでいっぱい
第11話 不安の影
朝から空は薄い灰色をしていた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、胸の奥の気持ちみたいだった。
昨日、未来の話をした。
“いつか一緒に住めたらいい”
その言葉を思い出すだけで、胸が温かくなる。
でも──
同時に、少しだけ怖くなる。
「……私なんかでいいのかな」
小さく呟く。
恋人になってから、嬉しいことばかりなのに、
時々こうして不安が顔を出す。
◇
夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。
「いらっしゃい」
悠真さんが、いつものように笑う。
その笑顔を見るだけで胸が軽くなるはずなのに、
今日は少しだけ心がざわついた。
「雨宮さん、今日……なんか元気ないですね」
「え……」
「分かりますよ。毎日見てますから」
優しい声。
責めるような言い方じゃない。
だから余計に胸が苦しくなる。
「……なんでもないです」
そう言った瞬間、
自分でも嘘だと分かった。
悠真さんは少しだけ眉を下げた。
「話したくなったら、言ってくださいね」
その言葉が、胸に静かに落ちる。
◇
ラテを飲みながら、私は自分の気持ちと向き合っていた。
未来の話が嬉しかった。
でも、怖かった。
“本当に私でいいのかな”
“迷惑じゃないかな”
“重いと思われないかな”
そんな言葉が、胸の奥で静かに渦を巻く。
「……桐生さん」
気づけば、声が出ていた。
「はい」
「昨日の……未来の話なんですけど」
悠真さんは、すぐに真剣な表情になった。
「嬉しかったんです。すごく」
「うん」
「でも……少しだけ怖くて」
言葉が震える。
「私……そんなふうに思ってもらえるほど、
立派じゃないし……自信もなくて……」
言いながら、視線が落ちる。
「桐生さんの隣にいていいのかなって……
時々思ってしまって……」
雨が降っていないのに、
胸の中だけが雨みたいだった。
悠真さんは、すぐに答えなかった。
ただ静かに、私の言葉を受け止めていた。
やがて、ゆっくり口を開く。
「雨宮さん」
「……はい」
「僕は、立派な人がいいわけじゃないですよ」
胸が跳ねる。
「雨宮さんがいいんです」
「……」
「不安になるところも、臆病なところも、
ゆっくり進もうとするところも、
全部含めて……雨宮さんがいいんです」
胸がぎゅっとなる。
「未来の話をしたのは、
雨宮さんとならゆっくり進めると思ったからです」
「……桐生さん」
「怖いなら、怖いって言ってください。
僕は離れませんから」
その言葉は、曖昧な天気の中でもはっきり聞こえた。
◇
閉店後。
外は雨が降りそうで降らない曇り空だった。
「今日は……車で帰りましょう」
「……はい」
軽ワゴンの中は静かで、雨音だけが遠くで響いていた。
「雨宮さん」
「はい」
「未来の話、急ぎません。
ゆっくりでいいです。
不安になったら、ちゃんと言ってください」
「……はい」
手をつないだ瞬間、
胸の奥の雨が静かに止んでいく気がした。
◇
隣同士の部屋の前で立ち止まる。
「じゃあ……また明日」
「……はい」
昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、曇り空の夜を優しく照らしていた。
◇
部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、悠真さんの書き込みが先にあった。
◆レシピノート(交換日記)
桐生悠真
『不安になるのは悪いことじゃないです。
僕も同じです。
ゆっくりでいいので、
一緒に進めたら嬉しいです。
雨宮さんが隣にいてくれるだけで十分です。』
雨宮陽菜
『未来の話が嬉しくて、少し怖かったです。
でも桐生さんの言葉で、
その怖さが静かに消えていきました。
ゆっくり進みたいです。』
ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。
曇り空の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。
雨は降りそうで降らない。
そんな曖昧な天気が、胸の奥の気持ちみたいだった。
昨日、未来の話をした。
“いつか一緒に住めたらいい”
その言葉を思い出すだけで、胸が温かくなる。
でも──
同時に、少しだけ怖くなる。
「……私なんかでいいのかな」
小さく呟く。
恋人になってから、嬉しいことばかりなのに、
時々こうして不安が顔を出す。
◇
夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。
「いらっしゃい」
悠真さんが、いつものように笑う。
その笑顔を見るだけで胸が軽くなるはずなのに、
今日は少しだけ心がざわついた。
「雨宮さん、今日……なんか元気ないですね」
「え……」
「分かりますよ。毎日見てますから」
優しい声。
責めるような言い方じゃない。
だから余計に胸が苦しくなる。
「……なんでもないです」
そう言った瞬間、
自分でも嘘だと分かった。
悠真さんは少しだけ眉を下げた。
「話したくなったら、言ってくださいね」
その言葉が、胸に静かに落ちる。
◇
ラテを飲みながら、私は自分の気持ちと向き合っていた。
未来の話が嬉しかった。
でも、怖かった。
“本当に私でいいのかな”
“迷惑じゃないかな”
“重いと思われないかな”
そんな言葉が、胸の奥で静かに渦を巻く。
「……桐生さん」
気づけば、声が出ていた。
「はい」
「昨日の……未来の話なんですけど」
悠真さんは、すぐに真剣な表情になった。
「嬉しかったんです。すごく」
「うん」
「でも……少しだけ怖くて」
言葉が震える。
「私……そんなふうに思ってもらえるほど、
立派じゃないし……自信もなくて……」
言いながら、視線が落ちる。
「桐生さんの隣にいていいのかなって……
時々思ってしまって……」
雨が降っていないのに、
胸の中だけが雨みたいだった。
悠真さんは、すぐに答えなかった。
ただ静かに、私の言葉を受け止めていた。
やがて、ゆっくり口を開く。
「雨宮さん」
「……はい」
「僕は、立派な人がいいわけじゃないですよ」
胸が跳ねる。
「雨宮さんがいいんです」
「……」
「不安になるところも、臆病なところも、
ゆっくり進もうとするところも、
全部含めて……雨宮さんがいいんです」
胸がぎゅっとなる。
「未来の話をしたのは、
雨宮さんとならゆっくり進めると思ったからです」
「……桐生さん」
「怖いなら、怖いって言ってください。
僕は離れませんから」
その言葉は、曖昧な天気の中でもはっきり聞こえた。
◇
閉店後。
外は雨が降りそうで降らない曇り空だった。
「今日は……車で帰りましょう」
「……はい」
軽ワゴンの中は静かで、雨音だけが遠くで響いていた。
「雨宮さん」
「はい」
「未来の話、急ぎません。
ゆっくりでいいです。
不安になったら、ちゃんと言ってください」
「……はい」
手をつないだ瞬間、
胸の奥の雨が静かに止んでいく気がした。
◇
隣同士の部屋の前で立ち止まる。
「じゃあ……また明日」
「……はい」
昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、曇り空の夜を優しく照らしていた。
◇
部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、悠真さんの書き込みが先にあった。
◆レシピノート(交換日記)
桐生悠真
『不安になるのは悪いことじゃないです。
僕も同じです。
ゆっくりでいいので、
一緒に進めたら嬉しいです。
雨宮さんが隣にいてくれるだけで十分です。』
雨宮陽菜
『未来の話が嬉しくて、少し怖かったです。
でも桐生さんの言葉で、
その怖さが静かに消えていきました。
ゆっくり進みたいです。』
ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。
曇り空の夜は、今日も静かに恋を進めてくれた。