好きでいっぱい

第12話 雨の日の約束

朝から雨が降っていた。
窓を叩く雨音は強くも弱くもなく、
ただ静かに、一定のリズムで世界を濡らしていた。

「……雨の日って、どうしてこんなに気持ちが揺れるんだろう」

昨日の不安を思い出す。
未来の話が嬉しくて、怖かった。
でも、悠真さんの言葉でその怖さは少しだけ薄れた。

それでも、雨の日は胸の奥が少しざわつく。



夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
雨の匂いとコーヒーの香りが混ざり合って、
どこか懐かしい空気が広がっていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、雨の日特有の柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨、すごいですね」

「はい……」

「来てくれて嬉しいです」

その言葉だけで、胸が少し軽くなる。

「座っててください。雨の日は、少し甘めのラテにしてます」

「……雨の日限定ですか?」

「雨宮さん限定です」

胸が跳ねた。



窓際の席に座ると、
雨粒がガラスを伝ってゆっくり流れていく。

「雨宮さん」

「はい?」

「昨日のこと、ずっと考えてました」

胸が少しだけざわつく。

「不安にさせてしまったかなって」

「……そんなことないです」

「でも、雨宮さんが怖いと思うなら、
僕はその怖さをちゃんと受け止めたいです」

雨音が静かに響く。
その音が、ふたりの距離を少しだけ近づける。

「雨宮さん」

「はい」

「僕、約束したいことがあります」

胸が跳ねる。

「これからも……雨宮さんの不安をちゃんと聞きます」

「……」

「言えない日があってもいいです。
言える日まで待ちます」

胸の奥がじんわりと熱くなる。

「雨宮さんがゆっくり進むなら、
僕もゆっくり進みます」

「……桐生さん」

声が震える。

「雨の日でも、晴れの日でも、
雨宮さんの隣にいたいです」

その言葉は、雨音より静かに、でも確かに胸に届いた。



閉店後。
外はまだ雨だった。

「今日は……歩いて帰りませんか?」

「雨、降ってますけど……」

「雨の日の帰り道、好きなんです」

胸がまた跳ねる。

「……はい」

二人で傘に入る。
雨音が傘の布を叩いて、静かなリズムを刻む。

「雨宮さん」

「はい?」

「約束、してくれますか?」

「……約束?」

「不安になったら、ちゃんと言うって」

雨音が少し強くなる。

「……はい」

「ゆっくりでいいので」

「……ゆっくり言います」

悠真さんは静かに笑った。

「それで十分です」



隣同士の部屋の前で立ち止まる。
雨音が遠くで響いている。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。



部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、悠真さんの書き込みが先にあった。


◆レシピノート(交換日記)

桐生悠真
『雨の日は気持ちが揺れやすいですよね。
でも、その揺れも含めて雨宮さんを大切にしたいです。
不安になったら、ゆっくりでいいので言ってください。
僕は離れません。』

雨宮陽菜
『雨の日は少し怖いけれど、
桐生さんの言葉で胸の奥が静かになりました。
ゆっくり、不安を言えるようになりたいです。
桐生さんとなら、できる気がします。』



ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。


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