好きでいっぱい

第12話 雨の日の約束

朝から雨が降っていた。
窓を叩く雨音は強くも弱くもなく、
ただ静かに、一定のリズムで世界を濡らしていた。

「……雨の日って、どうしてこんなに気持ちが揺れるんだろう」

昨日の不安を思い出す。
未来の話が嬉しくて、怖かった。
でも、悠真さんの言葉でその怖さは少しだけ薄れた。

それでも、雨の日は胸の奥が少しざわつく。

◇

夕方。
カフェ・ルーチェの扉を開けると、
雨の匂いとコーヒーの香りが混ざり合って、
どこか懐かしい空気が広がっていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、雨の日特有の柔らかい笑顔で迎えてくれた。

「雨、すごいですね」

「はい……」

「来てくれて嬉しいです」

その言葉だけで、胸が少し軽くなる。

「座っててください。雨の日は、少し甘めのラテにしてます」

「……雨の日限定ですか?」

「雨宮さん限定です」

胸が跳ねた。

◇

窓際の席に座ると、
雨粒がガラスを伝ってゆっくり流れていく。

「雨宮さん」

「はい?」

「昨日のこと、ずっと考えてました」

胸が少しだけざわつく。

「不安にさせてしまったかなって」

「……そんなことないです」

「でも、雨宮さんが怖いと思うなら、
僕はその怖さをちゃんと受け止めたいです」

雨音が静かに響く。
その音が、ふたりの距離を少しだけ近づける。

「雨宮さん」

「はい」

「僕、約束したいことがあります」

胸が跳ねる。

「これからも……雨宮さんの不安をちゃんと聞きます」

「……」

「言えない日があってもいいです。
言える日まで待ちます」

胸の奥がじんわりと熱くなる。

「雨宮さんがゆっくり進むなら、
僕もゆっくり進みます」

「……桐生さん」

声が震える。

「雨の日でも、晴れの日でも、
雨宮さんの隣にいたいです」

その言葉は、雨音より静かに、でも確かに胸に届いた。

◇

閉店後。
外はまだ雨だった。

「今日は……歩いて帰りませんか?」

「雨、降ってますけど……」

「雨の日の帰り道、好きなんです」

胸がまた跳ねる。

「……はい」

二人で傘に入る。
雨音が傘の布を叩いて、静かなリズムを刻む。

「雨宮さん」

「はい?」

「約束、してくれますか?」

「……約束?」

「不安になったら、ちゃんと言うって」

雨音が少し強くなる。

「……はい」

「ゆっくりでいいので」

「……ゆっくり言います」

悠真さんは静かに笑った。

「それで十分です」

◇

隣同士の部屋の前で立ち止まる。
雨音が遠くで響いている。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

昨日より少しだけ深い「また明日」。
その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。
今日は、悠真さんの書き込みが先にあった。


◆レシピノート(交換日記)

桐生悠真
『雨の日は気持ちが揺れやすいですよね。
でも、その揺れも含めて雨宮さんを大切にしたいです。
不安になったら、ゆっくりでいいので言ってください。
僕は離れません。』

雨宮陽菜
『雨の日は少し怖いけれど、
桐生さんの言葉で胸の奥が静かになりました。
ゆっくり、不安を言えるようになりたいです。
桐生さんとなら、できる気がします。』



ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。


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