好きでいっぱい

第3話 雨の予感

翌日。
図書館の窓から見える空は、薄い灰色をしていた。

「降るかな……」

小さく呟く。
天気予報では“夕方から雨”と出ていた。

雨。
それだけで胸が少しざわつく。
雨の日は、いつも何かが起きる気がしてしまう。

昨日、レシピノートに書いた言葉を思い出す。

『また一緒に歩きたいです。』

書いた瞬間は恥ずかしかったけれど、
今はその気持ちが胸の奥で静かに膨らんでいた。

◇

仕事を終えて外へ出ると、空はさらに暗くなっていた。
風も少し冷たい。

「降りそう……」

鞄の中の折りたたみ傘を確かめる。
昨日は“念のため”だったけれど、今日は本当に必要かもしれない。

駅へ向かう道を歩く。
カフェ・ルーチェの前を通ると、店内の明かりが温かく見えた。

入ろうか。
やめようか。

その迷いは、昨日より少しだけ短かった。

私は扉を開けた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、いつものように笑った。
その笑顔を見るだけで、胸が少し軽くなる。

「今日、雨降りそうですね」

「はい。帰り、気をつけてくださいね」

その言葉が、昨日より少しだけ恋人らしく聞こえた。

◇

窓際の席に座ると、ぽつり、と窓に雨粒が落ちた。

「……降ってきましたね」

「ですね」

悠真さんはコーヒーを淹れながら、ちらりと窓を見た。

「帰り、送りますよ」

心臓が跳ねた。

「え、でも……」

「昨日も散歩したし、今日も一緒に帰れたら嬉しいです」

その言葉に、胸がじんわりと温かくなる。

嬉しい。
でも少し怖い。
でもやっぱり嬉しい。

「……お願いします」

小さく答えると、悠真さんは安心したように笑った。

◇

閉店後。
雨は本降りになっていた。

「傘、あります?」

「折りたたみが……」

鞄から取り出した傘は、思ったより小さかった。

悠真さんは少し笑った。

「それだと濡れますね」

「え……」

「こっち入ってください」

差し出されたのは、悠真さんの黒い傘。
昨日よりも、ずっと自然な仕草だった。

二人で傘に入る。
肩が触れそうで触れない距離。
雨音が静かに響く。

「昨日より近いですね」

悠真さんが冗談めかして言う。

「……そうですね」

照れながら答えると、悠真さんは少しだけ傘を寄せた。

「濡れないように」

その優しさが、胸に静かに染みていく。

◇

帰り道。
雨は強いのに、心は不思議と穏やかだった。

「雨宮さん」

「はい?」

「今日も来てくれて嬉しかったです」

その言葉は、昨日よりずっと近く感じた。

「……私も、嬉しかったです」

言葉にすると、胸が少し熱くなる。

アパートが見えてくる。
別れ際が近づくほど、少しだけ寂しくなる。

「また……来てもいいですか?」

自分でも驚くほど自然に言葉が出た。

悠真さんは、雨の中で静かに笑った。

「もちろんです」

その笑顔が、雨の夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、雨音が少しだけ心地よく聞こえた。

レシピノートを開く。
昨日書いた言葉の隣に、そっと書き足す。

『今日の帰り道も、好きでした。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の夜は、いつも何かが起きる。
その予感は、今日も当たっていた。


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