好きでいっぱい

第4話 恋人らしさ

恋人になって数日が経った。

けれど、生活が劇的に変わるわけではない。
図書館へ行き、仕事をして、帰る。
その途中でカフェ・ルーチェに寄る。

ただ、その“寄る理由”が少しだけ変わった。

会いたいから。
話したいから。
昨日の続きが知りたいから。

そんな気持ちが、静かに胸の奥で膨らんでいた。

◇

夕方。
カフェの扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がった。

「いらっしゃい」

悠真さんが、いつものように笑う。
その笑顔を見るだけで、胸が少し温かくなる。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも嘘じゃなかった。

「座っててください。新しいラテ、試作したんです」

「新しいラテ……?」

「恋人になった記念に、ちょっと甘めです」

心臓が跳ねた。

恋人になった記念。
その言葉だけで、胸がじんわりと熱くなる。

◇

窓際の席に座ると、雨がぽつりと落ちた。
今日も降るらしい。

「雨宮さん、甘いの苦手って言ってましたけど……」

「はい」

「でも、恋人になった記念なら飲んでくれるかなって」

悠真さんは照れたように笑った。

その笑顔が、昨日より少しだけ近く感じた。

「……飲みます」

そう答えると、悠真さんは嬉しそうに頷いた。

ラテが運ばれてくる。
ふわふわの泡に、ハートのラテアートが描かれていた。

「……これ」

「記念なので」

胸がまた跳ねる。

「可愛いです」

「よかった」

ラテをひと口飲む。
思ったより甘い。
でも嫌じゃなかった。

むしろ、少しだけ嬉しい甘さだった。

◇

「雨宮さん」

「はい?」

「恋人になって、何か変わりました?」

突然の質問に、少し戸惑う。

「変わった……というか……」

言葉を探す。
でもうまく出てこない。

「まだ慣れてなくて……」

正直に言うと、悠真さんは優しく笑った。

「慣れなくていいですよ」

「え……」

「ゆっくりでいいです。急がなくていいです」

その言葉が、胸に静かに染みていく。

「雨宮さんのペースでいいんです」

「……はい」

昨日より、少しだけ涙が出そうになった。

嬉しくて。
安心して。
怖くなくなって。

恋人らしさって、こういうことなのかもしれない。

◇

帰り道。
雨は本降りになっていた。

「送りますね」

「……お願いします」

二人で傘に入る。
昨日より近い距離。
肩が触れそうで触れない。

「雨宮さん」

「はい?」

「今日のラテ、また作りますね」

「……はい」

「記念じゃなくても、飲んでほしいので」

その言葉に、胸がまた静かに満たされる。

アパートが見えてくる。
別れ際が近づくほど、少しだけ寂しくなる。

「また明日も来ていいですか?」

自分でも驚くほど自然に言葉が出た。

悠真さんは、雨の中で静かに笑った。

「もちろんです」

その笑顔が、雨の夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、ラテの甘さがまだ少し残っていた。

レシピノートを開く。
新しいページに、そっと書き足す。

『恋人らしさって、まだよく分からないけれど
桐生さんとなら、ゆっくり分かっていけそうです。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の夜は、今日も静かに優しかった。


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