好きでいっぱい

第5話 初めての嫉妬

カフェ・ルーチェの扉を開けると、夕方の柔らかな光が店内を照らしていた。

「いらっしゃい」

悠真さんが、いつものように笑う。
その笑顔を見るだけで、胸が少し温かくなる。

「今日も来てくれて嬉しいです」

「……来たくなったので」

言葉にすると照れくさい。
でも、恋人になってからはその照れくささすら少しだけ心地よかった。

◇

窓際の席に座ると、店内はいつもより少し賑やかだった。
常連の女性客が二人、カウンターで楽しそうに話している。

「店長さん、今日も優しいですね〜」

「ほんと。あの笑顔、癒される〜」

軽い冗談のような声。
けれど私は、なぜか胸がざわついた。

悠真さんは、いつものように丁寧に対応しているだけ。
それは分かっているのに、心が落ち着かない。

「雨宮さん、ラテ持ってきますね」

「……はい」

返事はできたけれど、声が少しだけ小さくなった。

◇

ラテを飲みながら、私は自分の気持ちに戸惑っていた。

嫉妬なんて、したことがない。
そもそも恋人ができたのも初めてで、
こんな気持ちになるなんて思ってもいなかった。

「……変だな」

小さく呟く。

嫌な気持ちではない。
でも胸の奥が少しだけ苦しい。

その時だった。

「雨宮さん」

顔を上げると、悠真さんが心配そうに覗き込んでいた。

「今日、なんか元気ないですね」

「え……」

「ラテ、あまり飲んでないですし」

見られていた。
気づかれていた。

「いえ、そんな……」

否定しようとしたけれど、言葉がうまく出てこない。

悠真さんは少しだけ席の隣にしゃがんだ。

「何かありました?」

優しい声。
責めるような言い方じゃない。
だから余計に胸が苦しくなる。

「……その……」

言いかけて、言葉が止まる。

嫉妬なんて、言えるはずがない。
そんなことを言ったら、重いと思われるかもしれない。

でも。

「さっき……」

「うん」

「女性のお客さんと話してるのを見て……」

言葉が途切れる。
でも、もう止められなかった。

「なんか……胸が苦しくなって……」

言い終えた瞬間、顔が熱くなる。

恥ずかしい。
でも、嘘じゃない。

悠真さんは驚いたように目を丸くした。
それから、ゆっくり笑った。

「……それ、嫉妬ですね」

「ち、違……」

「違わないですよ」

優しく言われて、私はますます顔が熱くなる。

「でも、嬉しいです」

「え……?」

「雨宮さんが、僕のことをそんなふうに思ってくれてるのが」

胸が跳ねた。

「僕は、誰にでも優しいわけじゃないですよ」

「……」

「雨宮さんには、特別に優しいんです」

その言葉は、静かに、でも確かに胸の奥に届いた。

◇

閉店後。
雨は降っていなかったけれど、空気は少し湿っていた。

「送りますね」

「……はい」

二人で歩く帰り道。
手をつなぐと、さっきの不安が少しずつ溶けていく。

「雨宮さん」

「はい?」

「嫉妬してくれて、嬉しかったです」

「……もう言わないでください」

照れながら言うと、悠真さんは静かに笑った。

「じゃあ、僕も言いますね」

「え?」

「僕も嫉妬しますよ」

「……え?」

「雨宮さんが誰かと楽しそうに話してたら、きっと僕も胸がざわつきます」

その言葉に、歩く速度が少しだけ止まりそうになる。

「だから、お互い様です」

「……はい」

胸がまた静かに満たされる。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。

新しいページに、そっと書く。

『初めて嫉妬しました。
でも桐生さんの言葉で、全部安心に変わりました。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

恋人になって初めての嫉妬は、
思っていたよりずっと甘いものだった。


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