好きでいっぱい

第6話  雨の日の言葉

翌日。
図書館の窓を叩く雨音は、いつもより少し強かった。

「今日も降るんだ……」

小さく呟く。
雨の日は、嬉しいことが起きる時もあれば、
胸がざわつく時もある。

昨日の嫉妬のことを思い出す。
思い出すだけで、顔が熱くなる。

「……恥ずかしい」

でも、あのあと悠真さんが言ってくれた言葉。
“僕も嫉妬しますよ”
その優しさが、胸の奥に静かに残っていた。

◇

仕事を終えて外へ出ると、雨は本降りになっていた。
傘を差しても、足元が濡れるほどの強さ。

カフェへ向かう道を歩く。
雨の中でも、カフェ・ルーチェの明かりは温かく見えた。

扉を開けると、コーヒーの香りがふわりと広がる。

「いらっしゃい」

悠真さんが、少し濡れた髪で笑った。

「雨、すごいですね」

「はい……」

「来てくれて嬉しいです」

その言葉だけで、胸が少し軽くなる。

◇

窓際の席に座ると、雨音が静かに響いた。
外は灰色なのに、店内は不思議と明るい。

「雨宮さん」

「はい?」

「昨日のこと、気にしてませんからね」

胸が跳ねた。

「……昨日のこと?」

「嫉妬したって言ってくれたこと」

顔が熱くなる。

「忘れてください……」

「忘れませんよ」

悠真さんは、少し照れたように笑った。

「嬉しかったので」

その言葉が、雨音より静かに胸に響いた。

◇

ラテを飲みながら、私は少しだけ勇気を出した。

「……桐生さん」

「はい」

「私、恋人になるのが初めてで……」

言いながら、視線が落ちる。

「どうしたらいいのか、まだよく分からなくて……」

「うん」

「嬉しいのに、時々不安になって……」

言葉が途切れる。
でも、もう止められなかった。

「桐生さんが誰かに優しくしてると、
また離れてしまうんじゃないかって……」

雨音が少し強くなる。
胸の奥がきゅっとなる。

悠真さんは、すぐに答えなかった。
ただ静かに、私の言葉を受け止めていた。

やがて、ゆっくり口を開く。

「雨宮さん」

「……はい」

「僕は、離れませんよ」

その一言は、雨の中でもはっきり聞こえた。

「雨宮さんが不安になるなら、何度でも言います」

「……」

「僕は、雨宮さんが好きです」

胸が熱くなる。
昨日より、もっと強く。

「雨宮さんが初めてでも、ゆっくりでいいです」

「……はい」

「僕も初めてみたいなものなので」

その冗談めいた言葉に、少し笑ってしまった。

雨音が静かに弱くなる。
心の中の不安も、少しずつ弱くなる。

◇

閉店後。
外はまだ雨だった。

「送りますね」

「……お願いします」

二人で傘に入る。
昨日より近い距離。
肩が触れそうで触れない。

「雨宮さん」

「はい?」

「不安になったら、ちゃんと言ってくださいね」

「……はい」

「僕も言いますから」

その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、雨音が少しだけ心地よく聞こえた。

レシピノートを開く。
新しいページに、そっと書く。

『雨の日の言葉は、どうしてこんなに優しいんだろう。
桐生さんの声で、不安が全部消えていきました。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに優しかった。


< 6 / 20 >

この作品をシェア

pagetop