好きでいっぱい

第8話 雨宿りの距離

デートの翌日。
図書館の窓から見える空は、薄い灰色をしていた。

「また降るのかな……」

昨日の帰り道の雨を思い出す。
傘の下で寄り添った距離。
胸の奥が静かに温かくなる。

◇

仕事を終えて外へ出ると、ぽつり、と雨粒が落ちた。

「……やっぱり」

折りたたみ傘を開こうとした瞬間、スマートフォンが震えた。

『雨宮さん、今どこですか?』

悠真さんからだった。

『図書館を出たところです』

送ると、すぐに返事が来た。

『迎えに行きます』

胸が跳ねる。

『大丈夫です、傘あります』

そう返したのに、

『行きたいので』

その一言で、もう何も言えなくなった。

◇

数分後。
カフェ・ルーチェの白い軽ワゴンがゆっくりと停まった。

運転席から降りてきた悠真さんは、傘を広げながら駆け寄ってくる。
肩に雨粒が落ちて、少し濡れていた。

「迎えに来ました」

「……ありがとうございます」

昨日より少しだけ近い笑顔だった。

「車、すぐそこなので。少し歩きましょう」

「はい」

二人で傘に入る。
雨は強くなり、傘の布を叩く音が静かに響く。

◇

歩いていると、突然雨がさらに強くなった。

「わ、すごい……」

「ちょっと雨宿りしましょう」

近くの古い商店の軒先に入る。
屋根の下でも雨音は大きく響いていた。

「濡れてませんか?」

悠真さんが私の肩にそっと触れる。
その仕草に、心臓が跳ねる。

「だ、大丈夫です……」

「よかった」

雨宿りの時間は、なぜかゆっくり流れる。

「雨宮さん」

「はい?」

「昨日のデート、すごく楽しかったです」

胸がじんわりと熱くなる。

「……私も楽しかったです」

「また行きたいですね」

「はい」

雨音の中で交わす言葉は、いつもより少しだけ甘かった。

「……また、手をつないでもいいですか?」

昨日より少しだけ照れた声。

私は小さく頷いた。

そっと重ねられた手は、雨の冷たさを忘れさせるほど温かかった。

◇

雨が少し弱まった頃、悠真さんが言った。

「車、すぐそこです。送りますね」

「……お願いします」

軒先を出て、数十メートル歩くと軽ワゴンが見えてきた。
車内に入ると、雨音が静かに響いていた。

「雨宮さん」

「はい?」

「雨の日、好きになってきました」

「え……」

「雨宮さんと一緒にいると、雨が優しく感じるので」

胸がぎゅっとなる。

「……私もです」

言葉にすると、胸がまた静かに満たされる。

◇

軽ワゴンは静かにアパートの駐車スペースへ入った。

二人で階段を上がる。
隣同士の部屋の前で立ち止まる。

「送ってくれて……ありがとうございました」

「いえ。雨宮さんが濡れないようにしたかったので」

雨音が遠くで響いている。
別れ際が少しだけ名残惜しい。

「じゃあ……また明日」

「……はい」

昨日より近い距離で交わす「また明日」。
その言葉が、雨の夜を優しく照らしていた。

◇

部屋に戻ると、レシピノートを開いた。

新しいページに、そっと書く。

『雨宿りの時間が、どうしてこんなに幸せだったんだろう。
桐生さんの手が、雨よりずっと温かかった。』

ページがまた一つ増える。
二人の時間が、また一つ増える。

雨の日は、今日も静かに恋を進めてくれた。


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