あなたを手放す予定は、私の計画にありません――冷徹な首切りコンサルに、規定外の溺愛をされています
「今日は、乗りません」
一回で、言えた。
二部屋です、と二回言わせてしまった人に、今度は私が、一回で言う番だった。
篠宮の目が、わずかに見開かれる。
「……意味を、確認しても」
「確認は、要りません。合ってます」
繋いだ手に、力が入った。
どちらの力かは、もう分からなかった。
篠宮の部屋は、会社の近くのホテルの五階だった。
長期契約の部屋には、物がなかった。
机の上に、ノートパソコンと、資料の山と、ペンが一本。
ハンガーには同じ形のスーツが三着。
生活の匂いのするものが、ひとつもない。
「……何もない部屋ですみません」
「篠宮さんらしい部屋だと思います」
コートを預けると、篠宮は丁寧な手つきでハンガーにかけた。
飲み物、と言って冷蔵庫を開けた篠宮が、二秒、固まった。
「……缶コーヒーしか、ありません」
「ふふ。じゃあ、それで」
微糖の、いちばん平凡な銘柄。
こんなところまで、あの自販機と同じだった。
二つのプルタブの音が、狭い部屋に重なる。
半分も飲まないうちに、缶は机に置かれた。
篠宮の手が、頬に触れた。
「嫌だったら、言ってください」
「善処します、は禁止ですよ」
「──どうなっても知りませんよ」
即答と一緒に、距離が消えた。
渡り廊下のときより、ずっと長いキスだった。
かすかに、微糖の味がした。