あなたを手放す予定は、私の計画にありません――冷徹な首切りコンサルに、規定外の溺愛をされています
唇が離れて、額と額がついたまま、低い声が言った。
「──このみさん」
部屋の明かりが、落ちた。
カーテンの薄い部屋は、朝が早かった。
何もない部屋に、湯気が二人ぶん、立っている。
備え付けの電気ケトルと、近くのコンビニで買ってきたらしい味噌汁のカップ。
枕元には、綺麗に畳まれた自分の服があった。
畳み方が、資料の角を揃えるのと同じだった。
「この部屋、ほんとに何もないんですね」
窓の外を見ながら言うと、後ろで、短い沈黙があった。
「……備品の計画を、見直します」
「備品」
「必要なものが、今朝から増えたので」
実務の声で言うから、意味が届くまでに一拍かかった。
届いた瞬間、顔が熱くなった。
振り返れないまま、味噌汁のカップを両手で包んだ。
帰りは、駅まで送ってもらった。
日曜の朝の街は、静かだった。
改札の手前で、繋いだ手が離れる。
離れた後も、手のひらに体温が残っていて、このみは改札を通ってから、その手を一度だけ握り直した。
ホームで電車を待つあいだ、耳に残っているのは、昨夜のひとつだけだった。
このみさん。
明かりの落ちる寸前に呼ばれた、名前のほうの呼ばれ方。
慣れるまで、当分かかりそうだった。
慣れたくないような気も、少しだけした。