あなたを手放す予定は、私の計画にありません――冷徹な首切りコンサルに、規定外の溺愛をされています
昨日から、まともに食べていない。
返事の代わりに、目を逸らした。
「……大丈夫です。すみません、急ぎの回答があるので」
脇をすり抜ける半歩のあいだ、篠宮が息を吸うのが聞こえた。
何かを言おうとして、たぶん、やめた音だった。
階段室の扉が閉まるまで、背中に視線が残っていた。
振り返れなかった。
目が合ったら、隠れた理由まで、ぜんぶ見抜かれる。
木曜の夕方、内線が鳴った。
「常務がお呼びです。応接までどうぞ」
六階の応接室は、四階と空気の質が違った。
静かで、絨毯が音を吸って、いい茶葉の匂いがした。
「やあやあ、忙しいところ悪いね。座って座って」
藤堂常務は、自分でお茶を淹れた。
役員が自分で、わざわざ。
「大変だろう、いま。いや、大変らしいねえ、と言うべきかな」
「……何の話でしょうか」
「噂だよ。聞いてるよ、私の耳にも入ってくる。ホテルがどうの、営業の子がどうの、リストがどうの。ひどい話だ。君は真面目に仕事をしてるだけなのにねえ」
心配の言葉をかけながらも、自分は全部知っているんだぞ、と言いたげだった。
「私はね、ああいうのを見ると、昔を思い出すんだ」
藤堂は窓のほうへ体を向けた。
「前にも似たことがあってね。外から再建屋が来て、社内に窓口の子を作った。優秀な子だよ。一生懸命やった。でもね、再建屋ってのは、終わったら帰るんだ。恨みの宛先を全部自分にして、綺麗に帰っていく。……ところがね、社内に残った窓口の子の分は、持って帰れないんだな、これが。その分の恨みだけ、社内に置いていかれる」