あなたと本と記憶の中で。〜レミニセンス〜

第1話 導き

 そこは、街の喧騒から少し離れた所に建っている。

 大通りを抜け、並木道を進んだ先。
 駅前や商店街ほど賑やかではないけれど、この場所を気に入ってくれる人は多い。
 
 春には花が咲き、夏には木々の緑が風に揺れる。秋には色づいた葉が舞い、冬には辺りは白い雪景色が広がる。
 季節の移ろいに包まれるように、ルミナス古書館は佇んでいた。

 古びた石造りの外壁には蔦が絡み、年月を重ねた木製の扉には無数の傷が刻まれている。物心ついた頃から見ている景色だけれど、そのどれもがこの場所が長い時を過ごしてきた証のよう。
 古書館の中には天井まで届く本棚が並び、古い本や記録書、詩集や物語が眠っていて歴史を感じさせる。

 そしてその建物の近くを通りかかると、珈琲の香りが漂い、足を止める人も少なくない。
 本を求めて訪れる人、珈琲を目当てに訪れる人。今日もさまざま人達がこの扉をくぐる。

 ───カラン。

 入り口のベルが軽やかな音を鳴らし、私はカウンターでカップを磨いていた手を止め、ドアの方へと顔を上げた。

「いらっしゃいませ」

 入ってきたのは見慣れた顔の年配の女性。

「あら、エレシアちゃん。こんにちは」
「こんにちは、おばさま。いつもの席空いているので、どうぞ」

 柔らかな笑みを浮かべる年配女性に、私も笑顔で返しながら窓際へと視線を向けて案内した。

「ありがとうね」

 午後の日差しが差し込むその席は、おばさまのお気に入り。珈琲を片手に本を読み、ときおり窓の外の景色を眺めている。

 私は棚から珈琲豆を取り出すと、挽きながら窓際に目を向けた。
 今日も穏やか時間が流れるこの場所で、おばさまはどこか満足そうに目を細めている。
 
 珈琲をカップへ注ぎ、おばさまの席へと運んだ。

「あら? 今日の珈琲の香りはいつもと違うわね」
「はい。新しいのが入ったので、もし良かったら……と思いまして」
「それは楽しみだわ」
「お口に合うと良いんですが……」
「エレシアちゃんが淹れてくれる珈琲はいつも美味しいわ」

 優しい言葉に私も自然と笑顔が溢れる。
 おばさまは穏やかに微笑み、テーブルの上に置いた1冊の小説へ手を伸ばした。

「今日はこの小説を読もうと思うの」

 先ほど本棚から選んできたばかりの1冊。
 表紙を優しく撫でるその姿からも、楽しみにしている事が伝わってくる。

「おもしろいお話ですよ」
「あら、読んだ事あるの?」
「はい。何度も読み返した私の好きな1冊です。結構おすすめです」

 そう答えると、おばさまは嬉しそうに本を見つめながら答えた。

「ますます読むのが楽しみになったわ。ありがとう、エレシアちゃん」
「ゆっくり楽しんでいってくださいね」

 ───カラン。

 そんなやり取りをしていると、また入口のベルの音が響き、私はおばさまに一礼してから次の接客へと向かった。
 
 ***

 窓から差し込んでいた日差しはすっかり傾いていた。

 店内に残っていた最後のお客様を見送り、私は入口の札を『CLOSE』へと裏返し、最後の洗い物を終えた。
 テーブルを拭き、椅子を整えて古書館に戻る。これが私のカフェでの1日。

「さて、と」

 最後に残っている仕事は、古書館の奥にある旧書庫の見回り。カフェの空間とは違う、静寂に包まれた館内へと向かった。
 歴史的価値の高い資料や古書が保管されている旧書庫。そこは普段は立ち入りを制限してる場所。
 ただ私は、管理を任されてるから毎晩こうして異常がないか確認をしている。
 
 亡くなった祖母から譲り受けた鍵で扉を開け、いつものように戸締まりと本の異常がないか確認して見て回る。
 
 そう、いつものように───

「なんだろ……この違和感」

 説明しづらい感覚に思わず辺りを見渡したけれど、もちろんいつもと変わらない景色。 
 何かわからないのに、なぜか妙な胸騒ぎがする。

「気のせい、かな」

 そう呟きながら歩き出したけれど、違和感は消えるどころか強くなっていってる気がする。
 何なのかわからないから恐怖さえ感じ、私は早くこの場から離れたくて少し足早に書庫内を巡った。
 
 気がつけば、私は書庫の奥へと足を向けていた───

「……あれ?」

 そこでようやく違和感の正体に気付いた。

 本棚の一角。

 毎日見ているはずなのに、見覚えのない1冊の本が置いてある。

「こんな本、あったっけ……」

 手に取ると、ずっしりと重みのある暑い本。

 淡い桜色の表紙には繊細な金細工が施され、中央にはステンドグラスを思わせる円形の紋章が輝いている。
 花びらが何枚も重なったようなその模様は、思わず見入ってしまうくらい幻想的。

 そしてなぜか古い本のはずなのに傷みは見当たらず、長い年月を経てきたとは思えない。

「綺麗……」

 自然と声が漏れるくらい目を奪われる外観。

 ふと気になったのは本を閉じている留め具。花を模した装飾が施されているにもかかわらず、どこにも鍵穴が見当たらない。

「どうやって開けるんだろう……」

 指先で留め具をなぞると
 ───カチリ。

 小さな音とともに、閉ざされていた留め具がゆっくりと外れていく。

「え……」

 目の前で起きた出来事に息を呑んだ。

 触れただけなのに、まるで本が自らの意志を持つかのように表紙が開いていく。
 そして、本の奥から眩い光が溢れ出した。

「……っ!」

 直視できないほどの強い光に、反射的に目を細め顔を背けた。

 身体を包み込むような温もりが、じわじわと全身へと広がっていく感覚だけはわかる……

 いったい何が起きているの───
< 1 / 2 >

この作品をシェア

pagetop