あなたと本と記憶の中で。〜レミニセンス〜
第2話 想詠の書
全身に感じていた温もりと眩い光が少しずつ薄れていくのがわかり、私はゆっくりと目を開けた。
「なに……これ」
何が起きたのかまだよくわからない。
けれど1つだけ
なぜか洋服が変わっている───
袖口には繊細な刺繍が施され淡く光を受けて輝いていて、肩からは薄紅色のケープが流れるように広がり胸元にはリボンまで。
さっきまで着ていた服装とはまるで違う。
一言で簡潔に表すなら、そう。“変身”
……なんて。
「こんな事って、あるの……?」
指先で触れる柔らかな布の感触が現実味を帯びている。
夢でも見間違いでもない。
だけどこんな事が現実に起きる訳もない。
でも確かに私は今、見た事もない衣装を身に纏っている。
どういう状況か飲み込めないまま、私は恐る恐る手に持っている本に目を向けた。
開かれたページにはびっしりと文字が綴られている。けれどどれも見た事のない文字ばかりで、一文字すら読む事が出来ない。
それなのに。
「エレシア……ルミナス」
それだけは読む事が出来た。
そもそも間違えるはずもない。
だってそれは、私の名前だから───
何がどうなっているの?
変身した衣装に、見た事もない本には自分の名前。理解が追いつかない出来事が続いていて、頭の中は混乱気味。
そこに追い討ちを掛けるような出来事が、また。
「なぜ開ける事が出来たんだ」
「───っ!?」
突然背後から聞こえてきた声に、驚きのあまり持っていた本を落としそうになり、慌てて抱え直した。
自分しかいないはずの場所で声が聞こえた《《幻聴》》に、背筋が凍る。
嫌な予感が全身を巡り恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは一人の男性。
年齢は私とあまり変わらないように見える。
闇夜を思わせる漆黒の髪。その隙間には薄紫のメッシュが入っている。
青白い肌に整った顔立ちからは感情らしいものはほとんど浮かんでいないけれど、紫紺《しこん》の瞳はまっすぐ私を見据えている。
灰銀色のロングコートのような羽織物には繊細な装飾が無数に施されていて、銀糸で描かれた複雑な模様の間からは、ここもまた薄紫色の結晶が散りばめられて輝いていた。
そう、まるでステンドグラス。この本と同じ模様。
見た事もない装いと、思わず見惚れてしまうほどの圧倒的な存在感に、私は言葉を失った。
けれどすぐにハッと現実に引き戻され。
「だ……誰ですか?」
一気に押し寄せる恐怖に、声も身体も震えてしまう。
ようやく発した質問も、男性は答えてくれなかった。それどころか
「お前、俺が見えるのか?」
更に質問を続けながら、男性は一歩近づいてくる。
誰なのか何なのか、わからないモノが“危険だ”と反射的に身構え、警戒するように本を抱え込みながら後ずさるしか出来なくなっていた。
「お前は誰だ。どうしてその本に触れる」
矢継ぎ早に投げ掛けられる言葉には圧が強く、その強引な物言いに私は戸惑った。
「ま、待ってください。さっきから何を――」
「なぜ開ける事が出来た」
私の言葉を遮るように、男性は質問を続ける。
「なぜ……って───」
「答えろ!」
鋭い声が書庫に響き、私はビクッと肩が跳ねた。
「───っ」
怖いっ
質問責めにされ、答える隙を与えてくれない。
それで更に強い口調で問い詰められたら、話なんか出来ない。
そう言いたい気持ちはあっても言葉が何一つ出ず、恐怖のあまり身体が小刻みに震えるのが自分でもわかる。
たぶんこのまま見逃してはくれない、気がする。
「お前……」
声を掛けられるだけでビクッと身体が強張り、“何かされるかもしれない” その恐怖にギュッと目を固く閉じた。
けれど───
「……悪い」
「え……」
「怖がらせたな」
男性から出た言葉は、予想していなかった“謝罪”
私は思わずパッと目を開け男性に視線を向けると、先ほどまでとは違い鋭い眼差しは少しだけ和らぎ、声のトーンも落ち着いていた。
どういう心境の変化……?───
「順を追って話すか」
「は、はい……」
私達は一定の距離を空けたまま向き合い、それぞれが知ってる事を確認し始めた。
「まず、その本を見つけた時の事を」
「はい……。初めて見る本でして、いつからここにあったのはわかりません。この書庫の見回りは私の仕事なので、今日もいつものように来たらこれが……」
「見えたんだな」
「……? はい……」
“見えた”がどういう意味なのかまた新たな疑問が浮かんできたけれど、ここで口を挟んだらまた話が複雑化しそうな気がして、一度その疑問を飲み込んだ。
「開けた時の事を」
「はい……。鍵穴とかはなく、このお花の模様部分を触れたら自然と外れて。それで本の中から眩しい光が溢れてきて、気づいたらこの格好に……」
「……そうか」
男性は腕を組み、顎に手を添え何か考えている様子で目を細めている。
「他に何か変わった事は」
「他……。そういえばこの本になぜか私の名前が───」
「名前っ!? 文字が読めたのか!?」
突然、男性は驚いた様子で目を見開いて固まってしまった。
「い、いえ全部では……。ただ、自分の名前だけはどうしてか読む事が出来て……」
「お前、名前は?」
「エレシア……ルミナス、です」
「……そうか」
男性は私の名を一度だけ繰り返し呟くと、また何か考えごむ様子で黙り込んでしまった。
ここまで一通り私の身に起きた出来事は伝えたけれど、私が知りたい事は何一つ聞けていない。
この人はどこまで説明してくれるのか、ちゃんと話してくれるのか半信半疑ながらも、こちらも聞く事に。
「あなたは……誰ですか? この本の事も、私に何が起きたのかもわかっている事を教えてもらいたいです」
私の問いに男性はしばらく黙ったままだったけれど、考え事がまとまったのかようやく口を開いた。
「俺はクロード・ヴェイル。【彩硝《さいしょう》の栞《しおり》】を管理している守護者だ」
「彩硝の……栞?」
初めて聞く名前ばかりで、頭の中はハテナだらけ。
栞、というのは……本を挟むあの《《しおり》》の事?
「お前が持っているその本【想詠《そうえい》の書《しょ》】。そして俺はその本と共に在る彩硝の栞を守る役目を持っている」
「想詠の……書」
この本に題名は記されていなかったけど、そんな名前があったなんて。
「お前はその本を開ける事が出来た。もし想詠《そうえい》の書に選ばれた継承者なら、俺の力も使えるはずだ」
「え……どういう……」
「説明するより見せた方が早い」
そう言うと彼は首元のネックレスへと手を伸ばした。先端で揺れている小さなペンダントは、銀の縁に囲まれた淡い紫色の硝子で出来ているように見える。
「想詠《そうえい》の書を開け」
「は、はい……」
命令口調に思わず反射的に応じ、私は抱えていた本を持ち直しもう一度開き直した。
するとクロードと名乗る男性は目を閉じ、私には聞き取れない言葉を呟くと、ペンダントと本が共鳴するように虹色の光を放った。
「なに……これ」
何が起きたのかまだよくわからない。
けれど1つだけ
なぜか洋服が変わっている───
袖口には繊細な刺繍が施され淡く光を受けて輝いていて、肩からは薄紅色のケープが流れるように広がり胸元にはリボンまで。
さっきまで着ていた服装とはまるで違う。
一言で簡潔に表すなら、そう。“変身”
……なんて。
「こんな事って、あるの……?」
指先で触れる柔らかな布の感触が現実味を帯びている。
夢でも見間違いでもない。
だけどこんな事が現実に起きる訳もない。
でも確かに私は今、見た事もない衣装を身に纏っている。
どういう状況か飲み込めないまま、私は恐る恐る手に持っている本に目を向けた。
開かれたページにはびっしりと文字が綴られている。けれどどれも見た事のない文字ばかりで、一文字すら読む事が出来ない。
それなのに。
「エレシア……ルミナス」
それだけは読む事が出来た。
そもそも間違えるはずもない。
だってそれは、私の名前だから───
何がどうなっているの?
変身した衣装に、見た事もない本には自分の名前。理解が追いつかない出来事が続いていて、頭の中は混乱気味。
そこに追い討ちを掛けるような出来事が、また。
「なぜ開ける事が出来たんだ」
「───っ!?」
突然背後から聞こえてきた声に、驚きのあまり持っていた本を落としそうになり、慌てて抱え直した。
自分しかいないはずの場所で声が聞こえた《《幻聴》》に、背筋が凍る。
嫌な予感が全身を巡り恐る恐る振り返ると、そこに立っていたのは一人の男性。
年齢は私とあまり変わらないように見える。
闇夜を思わせる漆黒の髪。その隙間には薄紫のメッシュが入っている。
青白い肌に整った顔立ちからは感情らしいものはほとんど浮かんでいないけれど、紫紺《しこん》の瞳はまっすぐ私を見据えている。
灰銀色のロングコートのような羽織物には繊細な装飾が無数に施されていて、銀糸で描かれた複雑な模様の間からは、ここもまた薄紫色の結晶が散りばめられて輝いていた。
そう、まるでステンドグラス。この本と同じ模様。
見た事もない装いと、思わず見惚れてしまうほどの圧倒的な存在感に、私は言葉を失った。
けれどすぐにハッと現実に引き戻され。
「だ……誰ですか?」
一気に押し寄せる恐怖に、声も身体も震えてしまう。
ようやく発した質問も、男性は答えてくれなかった。それどころか
「お前、俺が見えるのか?」
更に質問を続けながら、男性は一歩近づいてくる。
誰なのか何なのか、わからないモノが“危険だ”と反射的に身構え、警戒するように本を抱え込みながら後ずさるしか出来なくなっていた。
「お前は誰だ。どうしてその本に触れる」
矢継ぎ早に投げ掛けられる言葉には圧が強く、その強引な物言いに私は戸惑った。
「ま、待ってください。さっきから何を――」
「なぜ開ける事が出来た」
私の言葉を遮るように、男性は質問を続ける。
「なぜ……って───」
「答えろ!」
鋭い声が書庫に響き、私はビクッと肩が跳ねた。
「───っ」
怖いっ
質問責めにされ、答える隙を与えてくれない。
それで更に強い口調で問い詰められたら、話なんか出来ない。
そう言いたい気持ちはあっても言葉が何一つ出ず、恐怖のあまり身体が小刻みに震えるのが自分でもわかる。
たぶんこのまま見逃してはくれない、気がする。
「お前……」
声を掛けられるだけでビクッと身体が強張り、“何かされるかもしれない” その恐怖にギュッと目を固く閉じた。
けれど───
「……悪い」
「え……」
「怖がらせたな」
男性から出た言葉は、予想していなかった“謝罪”
私は思わずパッと目を開け男性に視線を向けると、先ほどまでとは違い鋭い眼差しは少しだけ和らぎ、声のトーンも落ち着いていた。
どういう心境の変化……?───
「順を追って話すか」
「は、はい……」
私達は一定の距離を空けたまま向き合い、それぞれが知ってる事を確認し始めた。
「まず、その本を見つけた時の事を」
「はい……。初めて見る本でして、いつからここにあったのはわかりません。この書庫の見回りは私の仕事なので、今日もいつものように来たらこれが……」
「見えたんだな」
「……? はい……」
“見えた”がどういう意味なのかまた新たな疑問が浮かんできたけれど、ここで口を挟んだらまた話が複雑化しそうな気がして、一度その疑問を飲み込んだ。
「開けた時の事を」
「はい……。鍵穴とかはなく、このお花の模様部分を触れたら自然と外れて。それで本の中から眩しい光が溢れてきて、気づいたらこの格好に……」
「……そうか」
男性は腕を組み、顎に手を添え何か考えている様子で目を細めている。
「他に何か変わった事は」
「他……。そういえばこの本になぜか私の名前が───」
「名前っ!? 文字が読めたのか!?」
突然、男性は驚いた様子で目を見開いて固まってしまった。
「い、いえ全部では……。ただ、自分の名前だけはどうしてか読む事が出来て……」
「お前、名前は?」
「エレシア……ルミナス、です」
「……そうか」
男性は私の名を一度だけ繰り返し呟くと、また何か考えごむ様子で黙り込んでしまった。
ここまで一通り私の身に起きた出来事は伝えたけれど、私が知りたい事は何一つ聞けていない。
この人はどこまで説明してくれるのか、ちゃんと話してくれるのか半信半疑ながらも、こちらも聞く事に。
「あなたは……誰ですか? この本の事も、私に何が起きたのかもわかっている事を教えてもらいたいです」
私の問いに男性はしばらく黙ったままだったけれど、考え事がまとまったのかようやく口を開いた。
「俺はクロード・ヴェイル。【彩硝《さいしょう》の栞《しおり》】を管理している守護者だ」
「彩硝の……栞?」
初めて聞く名前ばかりで、頭の中はハテナだらけ。
栞、というのは……本を挟むあの《《しおり》》の事?
「お前が持っているその本【想詠《そうえい》の書《しょ》】。そして俺はその本と共に在る彩硝の栞を守る役目を持っている」
「想詠の……書」
この本に題名は記されていなかったけど、そんな名前があったなんて。
「お前はその本を開ける事が出来た。もし想詠《そうえい》の書に選ばれた継承者なら、俺の力も使えるはずだ」
「え……どういう……」
「説明するより見せた方が早い」
そう言うと彼は首元のネックレスへと手を伸ばした。先端で揺れている小さなペンダントは、銀の縁に囲まれた淡い紫色の硝子で出来ているように見える。
「想詠《そうえい》の書を開け」
「は、はい……」
命令口調に思わず反射的に応じ、私は抱えていた本を持ち直しもう一度開き直した。
するとクロードと名乗る男性は目を閉じ、私には聞き取れない言葉を呟くと、ペンダントと本が共鳴するように虹色の光を放った。


