君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

第4部 目の前にいる人

実際に会ってみると。

やっぱり、写真とは少し違った。

いや。

「少し」どころではないかもしれない。

写真では、もっと真面目そうに見えていた。

落ち着いていて、少し近寄りがたくて。

法律の勉強をしているという話も相まって、勝手にそんな人物像を作っていた。

けれど。

目の前にいる彼は、思っていたよりずっと柔らかかった。

少しぽやっとしていて。

話していると、ふっと表情が緩む。

何かに反応するときも、どこか素直で。

時々、どうしてそんなところでそんな反応をするのだろうと思うくらい、無邪気だった。

「……なんか、思ってた感じと違う」

心の中でそう思った。

でも。

嫌な違いではなかった。

むしろ。

もっと知りたいと思うような違いだった。



歩きながら話していると、DMでは分からなかったことが次々と見えてくる。

文章では落ち着いているのに、実際に話すと意外とよく笑う。

何かを説明するときは真面目なのに、ちょっとしたことで急に子どもみたいな表情になる。

そのたびに私は、

「こんな顔するんだ」

と思った。

画面の中にいた人が、今は目の前で動いている。

当たり前のことなのに、それが妙に不思議だった。



途中、彼が日本語について尋ねてきた。

「これ、日本語だとなんて言う?」

以前DMでも聞かれたことがある。

でも。

直接聞かれると、少し違った。

私は答える。

彼はそれを聞いて、

「なるほど」

と頷く。

そして少し考えてから、もう一度その言葉を口にする。

その発音を聞いていると。

なんとなく可笑しくなった。

「何(笑)」

「いや、なんでもない(笑)」

笑いながら歩く。

そんな何気ないやり取りが、妙に楽しかった。



私が韓国語を使ったときには、やっぱり彼から訂正が入った。

「あ、それはこっちの方が自然」

「あ、そうなの?」

「うん」

さらっと教えてくれる。

私は笑う。

「細かいなあ(笑)」

「だって違うから(笑)」

そんなやり取り。

別に特別な会話ではない。

なのに。

DMで何度もしてきたやり取りが、今は目の前で起きている。

それだけで、少し嬉しかった。



しばらく歩いていると。

後ろから、自転車の音が聞こえた。

私は気づかなかった。

次の瞬間。

身体がふっと引き寄せられた。

「危ない」

彼の腕が、私を歩道の内側へ寄せていた。

すぐ横を自転車が通り過ぎる。

私は一瞬、何が起きたのか分からなかった。

「……あ」

遅れて状況を理解する。

「ごめん、ありがとう」

「うん」

彼はそれだけ言った。

何事もなかったみたいに、また歩き始める。

私はその隣を歩きながら。

さっき引き寄せられた感覚を、なぜか何度も思い返していた。



どうしてだろう。

胸の奥が、少しだけ落ち着かない。

別に。

大したことじゃない。

たまたま彼が気づいただけ。

危ないものが来たから避けただけ。

きっと誰にでもする。

そう思う。

なのに。

さっきまでより、少しだけ彼を意識してしまう。

隣を歩いていること。

歩く速度。

時々こちらを見ること。

何でもない仕草まで、妙に目に入る。

私は自分でも少しおかしくなって。

視線を前に戻した。



そのあと、カフェに入った。

飲み物を前にして、またくだらない話をする。

DMで話していたときと同じような話。

でも。

実際に向かい合っていると、やっぱり違った。

声がある。

表情がある。

笑うタイミングがある。

文字では分からなかったものが、全部目の前にある。

そして。

何かの話をしている途中だった。

彼が笑った。

目尻がくしゃっと下がって、口元が大きく開く。

あまりにも無邪気な笑顔だった。

一瞬。

私は何も言えなくなった。

胸の奥が、ほんの少しだけ跳ねる。

「……」

どうしたんだろう。

ただ笑っただけなのに。

なのに。

その顔から、目を離せなかった。

彼はそんな私には気づかず、楽しそうに話を続けている。

私は少し遅れて、

「……ふふ」

と笑った。



たぶん。

あの瞬間が、一番最初だった。

「この人、いいな」

そう思ったのは。

顔が好みだったわけではない。

むしろ、写真を見ていた頃はそんなふうに思っていなかった。

でも。

実際に会ってみたら。

思っていたよりずっと可愛くて。

思っていたよりずっと無邪気で。

そして時々。

ふとした瞬間だけ、かっこよく見えた。

その落差が、妙に心に残った。



帰り道。

また二人で歩く。

少しずつ、今日が終わりに近づいている。

楽しかった。

本当に。

思っていた以上に。

私は何度も今日のことを思い返していた。

笑顔。

会話。

仕草。

さっきの自転車。

全部。

帰国してからも、きっと思い出すだろう。

そう思った。

でも。

それが「恋」だなんて、まだ思わなかった。

ただ。

「また会えたらいいな」

それだけだった。



そして。

そんな時間の中で。

彼から、思いがけない言葉が出た。

「そういえば……」

何気ない調子だった。

私は彼を見る。

彼は少し考えるような顔をしてから。

まるで本当に親切な提案をするみたいに言った。

「誰か、紹介しようか?」

一瞬。

意味が分からなかった。

「……え?」

「日本人の友達とか。いい人いるかも」

彼は悪気なく笑っている。

たぶん。

本当に親切心だった。

だからこそ。

私はうまく笑えなかった。

胸の奥に。

小さな針を刺されたような感覚がした。

「……ああ」

それだけしか言えなかった。

どうしてだろう。

別に。

彼に恋人がいるわけでもない。

私だって、彼のことを好きだなんて思っていない。

そもそも。

紹介してくれると言っているだけだ。

むしろ親切じゃないか。

そう思う。

なのに。

どうしてこんなに嫌なんだろう。

どうして。

「それはいいかな」

と断りたくなったんだろう。



私は結局、曖昧に笑った。

「大丈夫(笑)」

彼も笑った。

それ以上、その話は続かなかった。

けれど。

その後も、胸の奥に小さな違和感だけが残った。

私はそれを、深く考えないことにした。

疲れているだけ。

今日はいろいろあったから。

初めて会ったから。

きっと、少し感情が揺れているだけ。

そうやって。

また一つ。

自分の中に生まれた感情を、名前のないまま片づけた。



その日の帰り道。

私は隣を歩く彼を、何度か盗み見た。

ぽやっとした横顔。

時々こちらを見て笑う。

さっきまでの会話を思い出して、また少し笑ってしまう。

楽しかった。

本当に。

だから。

この時間が終わってしまうことが、少し寂しかった。

その理由も。

まだ分からなかった。

ただ。

この人と、もう少し一緒にいたい。

そんなことを思っていた。

そして。

その気持ちが、数時間後。

自分でも思いもしなかった形で、自分自身を追い詰めることになるなんて。

このときの私は、まだ知らなかった。
< 4 / 9 >

この作品をシェア

pagetop