君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

第6部 失ってから、知った

私はまだ、彼とのDMを続けていた。

今日一日のこと。

どこへ行ったとか。

何を食べたとか。

くだらない話。

そんなことを、いつもと同じように話している。

けれど。

今日だけは、少し違った。

もうすぐ、この人と離れる。

その事実が、ずっと頭の片隅にあった。



「今日は本当に楽しかった」

そう言うと、彼も笑った。

「僕も」

その笑顔を思い出しては、

また、あの感覚が胸の奥に広がった。

今日、何度目だろう。

この人が笑うたびに、私は少し嬉しくなる。

何でもないことなのに。

ただ笑っていただけなのに。

どうしてこんなに印象に残るんだろう。

私はそんなことを考えながら、彼の顔を見ていた。



ふと。

彼が言った。

「また韓国来たらいいよ」

「うん」

「また来たい」

本当にそう思った。

でも、その言葉を口にしたあと。

ほんの少しだけ、寂しくなった。

また来たい。

でも、次に来るのはいつになるんだろう。

そもそも。

そのときも、こうして会えるのだろうか。

そんな考えが頭をよぎった。



そして。

そのDMの流れで。

彼が、少しだけ真面目に話しだす。

「でも……」

「僕は、たぶん――」

その先の言葉を見た瞬間。

胸の奥が、すっと冷たくなった。

それは、優しい言葉だった。

だからこそ。

余計に苦しかった。

彼は私を嫌っているわけではない。

一緒にいるのも楽しかったと言ってくれる。

DMも続いている。

話しやすいとも思ってくれている。

でも。

それと、恋愛とは別だった。

それだけは、はっきり分かった。



「そっか」

仕方がなかった。

「うん、分かった」

たぶん、私を傷つけないように言葉を選んでいた。

優しかった。

最後まで、優しかった。

だから私は、

「ありがとう」

と送った。

それしか言えなかった。



それで終わりだった。

告白をしたわけじゃない。

「好きです」と伝えたわけでもない。

なのに。

なぜか。

私は、振られたような気がした。

帰りの電車の中。

窓の外をぼんやり眺める。

街の景色が流れていく。

今日一日が終わっていく。

さっきまで隣にいた人が。

もう隣にいない。

それだけだった。

なのに。

胸が痛かった。



「……なんで?」

小さく呟く。

どうしてこんなに苦しいんだろう。

別に。

付き合いたいなんて思っていなかった。

少なくとも。

私はそう思っていた。

彼は私のタイプじゃない。

顔がど真ん中なわけでもない。

会う前から好きだったわけでもない。

むしろ。

「別に好みじゃないし」

そうやって何度も自分に言い聞かせていた。

なのに。

どうして。

こんなに苦しい。



空港に着いてからも。

何度もスマートフォンを見た。

彼とのDM。

今日の会話。

写真。

そして。

今日撮った、彼の笑顔。

目尻がくしゃっと下がって。

口元が大きく開いて。

何も考えていないみたいに笑っている。

私はその写真を見つめた。

胸がまた痛くなった。

そこで。

ようやく。

今日一日のことだけじゃなく。

これまでのことが、一気に頭の中に浮かんできた。



彼から最初にDMが来たこと。

毎日のように話すようになったこと。

返信が来るのを待っていたこと。

来ない日は、何度もスマートフォンを確認したこと。

過去のDMを読み返したこと。

彼が前の話を覚えていてくれたことが嬉しかったこと。

日本語を聞かれるのが嬉しかったこと。

韓国語を直されるのが嬉しかったこと。

韓国へ行くと決まったとき。

会えると知って、楽しみだったこと。

実際に会って。

「思ってたより、かっこいい」

と思ったこと。

ぽやぽやしていて。

無邪気で。

くだらないことで笑って。

それなのに、ふとした瞬間にはかっこよくて。

自転車から守られたとき。

胸が跳ねたこと。

カフェで笑ったとき。

目を離せなくなったこと。

そして。

「他の男を紹介しようか?」

と言われたとき。

あんなに嫌だったこと。



私は、そこで初めて気づいた。

「……あ」

声が漏れた。

それまでバラバラだったものが。

全部、一つにつながった。

DMを待っていたこと。

会いたいと思ったこと。

笑顔が好きだったこと。

もっと知りたいと思ったこと。

他の誰かを紹介されるのが嫌だったこと。

帰るのが寂しかったこと。

そして。

今。

彼と恋愛関係になれないと知って。

こんなにも苦しいこと。

全部。

同じところから来ていた。



「……私」

言葉が続かない。

目の奥が熱くなる。

私はスマートフォンを握ったまま、しばらく動けなかった。

そして。

ようやく。

自分の中に浮かんだ言葉を、そのまま認めた。

「私、彼のこと、好きだったんだ」

その瞬間。

胸が、ぎゅっと締め付けられた。

ああ。

そうだったんだ。

私はずっと。

この人のことが好きだった。

いつからかなんて分からない。

最初からじゃない。

一目惚れでもない。

気づいたときには。

もう、好きになっていた。



だから。

「他の男紹介しようか?」

が嫌だった。

だから。

DMが来ないと寂しかった。

だから。

今日、帰るのが嫌だった。

だから。

「恋愛対象ではない」と知った瞬間。

こんなにも苦しかった。

全部。

全部、今なら分かる。

なのに。

どうして私は。

もっと早く気づかなかったんだろう。



涙が一粒、落ちた。

慌てて拭う。

空港の人混みの中。

誰にも見られたくなかった。

でも。

止まらなかった。

今日まで。

私はずっと、自分の気持ちを別の名前で呼んでいた。

「話が合うから」

「仲がいいから」

「もっと知りたいだけ」

「また会いたいだけ」

そうやって。

何度も何度も。

自分を納得させていた。



でも。

もう誤魔化せなかった。

私はこの人が好きだった。

そして。

そのことに気づいた瞬間には。

もう、遅かった。

彼は私を恋愛対象として見ていない。

それが分かってしまった。

だから。

私は今。

初めて好きになった人に。

初めて自分の気持ちを知ったその日に。

失恋していた。



搭乗案内が流れる。

私はゆっくり立ち上がった。

スマートフォンを握る。

最後にもう一度。

彼とのDMを開く。

今日の最後のメッセージ。

何度も読み返す。

返信を打とうとして。

やめる。

何を書けばいいのか分からなかった。

「今日はありがとう」

それだけ送った。

少しして。

彼から返信が来た。

優しい言葉だった。

いつもと変わらない。

その文字を見た瞬間。

また泣きそうになった。



私はスマートフォンを伏せた。

そして。

ゆっくり歩き出した。

飛行機に乗れば。

日本に帰れば。

またいつもの生活に戻る。

大学。

勉強。

趣味。

韓国語。

いつもの日常。

そして。

その日常の中に。

彼とのDMも残る。

だから。

完全に失ったわけではない。

それでも。

今日までとは、もう違う。

今まで何気なく送っていた一言も。

返信を待つ時間も。

彼の名前が通知欄に出ることも。

全部。

「好きな人」として見えてしまう。



飛行機の窓から、夜の街を見下ろす。

遠ざかっていく光。

私は小さく息を吐いた。

まさか。

こんなことになるなんて。

会う前は。

「別に好みじゃないし」

なんて笑っていたのに。

会ってみたら。

笑顔が好きになって。

仕草が好きになって。

優しさが好きになって。

そして。

気づいたときには。

もう遅かった。



私は窓の外を見ながら、心の中で呟いた。

「……好きだったんだ」

その言葉を。

今度は、否定しなかった。

そのとき初めて。

私は、自分の気持ちに名前をつけた。
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