君を好きだと知った日-あの日、恋だと知らなかった――忘れた頃に、もう一度。

第7部 それでも、会話は続いた

日本に帰ってから。

いつもの生活が戻ってきた。

大学へ行く。

授業を受ける。

課題をする。

趣味を楽しむ。

韓国語を勉強する。

そんな、いつもの毎日。

なのに。

私の中だけが、少し変わってしまった。



スマートフォンを開く。

そこには、いつも通り彼との会話が残っている。

昨日までなら。

何も考えずに開けた。

面白い話があれば送る。

何か聞きたいことがあれば聞く。

返信が来れば返す。

それだけだった。

でも。

今は違う。

一つメッセージを送るだけでも、少し考えてしまう。

これは送っていいのかな。

迷惑じゃないかな。

重くないかな。

そんなことばかり気にするようになった。



それでも。

数日経った頃。

私は結局、いつものようにDMを送った。

本当にくだらない内容だった。

韓国で見かけたものの話。

囲碁の話。

日本で起きたちょっとした出来事。

送信。

しばらくして。

返信が来た。

いつも通りだった。

普通に返してくれる。

ちゃんと話を続けてくれる。

私が投げた話題に反応して。

質問まで返してくれる。

その瞬間。

胸が少しだけ軽くなった。

「……よかった」

思わず、そう呟いた。



でも。

同時に。

少しだけ苦しくなった。

彼は何も変わっていない。

優しい。

話しやすい。

ちゃんと返事をくれる。

だからこそ。

あの日のことが、夢だったみたいに思える。

私だけが勝手に傷ついて。

私だけが勝手に彼を好きだと気づいて。

私だけが、勝手に苦しんでいる。

彼にとっては。

今日もただのDMなのかもしれない。



私はスマートフォンを伏せた。

「……やめようかな」

何度目か分からない。

そう思った。

もう送らない方がいい。

自分から話しかけなければ。

少しずつ忘れられるかもしれない。

彼から始まることはない。

だったら。

私がやめれば、それで終わる。

簡単なことだった。



でも。

翌日になると。

また何か話したくなる。

SNSを開く。

彼のストーリーを見る。

投稿を見る。

彼からのいいねがついている。

その程度のことなのに。

少し嬉しい。

「……ほんと、諦め悪いな」

自分で笑ってしまう。

でも。

それでも送る。



彼との会話は、以前と同じように続いた。

もちろん。

以前とは少し違う。

毎日必ず話すわけではない。

彼から始まることもない。

私が送れば、返ってくる。

何日か空くこともある。

でも。

途切れたと思った頃に、また話す。

そんな関係になった。



私は時々。

彼から来たメッセージを読み返した。

以前なら、ただ面白かった言葉。

今では。

少し違って見える。

「このとき、こんなこと言ってたな」

「この話、覚えててくれたな」

「このとき笑ってたな」

そして。

会った日のことを思い出す。

あの笑顔。

目尻がくしゃっと下がって。

口元が大きく開く。

あの瞬間。

胸の奥が跳ねたこと。

自転車から守ってくれたこと。

「危ない」と言われた声。

そして。

「他の男、紹介しようか?」

と言われたときの、あの小さな痛み。

全部。

まだ鮮明だった。



彼との会話を、一番上まで遡る。

最初のメッセージ。

彼から来たDM。

そこから毎日のように続いた会話。

私は画面を眺めながら思った。

もし。

あの日、フォローしなかったら。

もし。

彼からDMが来なかったら。

もし。

毎日話すようにならなかったら。

もし。

韓国へ行かなかったら。

もし。

会わなかったら。

私は。

この人を好きになることなんてなかったのだろうか。



答えは分からなかった。

でも。

一つだけ分かっていることがある。

もう。

「好きじゃない」とは言えない。

だから。

諦めようとしても。

簡単にはできなかった。



それでも私は。

自分の生活を続けた。

大学の課題。

韓国語。

趣味。

友達との予定。

やりたいこと。

行きたい場所。

彼以外にも、私の毎日はちゃんとある。

そのことが。

少しだけ救いだった。

ずっと彼のことだけを考えているわけじゃない。

笑える日もある。

楽しい日もある。

彼のことを、一日中思い出さない日だってある。

でも。

ふとした瞬間。

何かを見て。

韓国語を聞いて。

趣味をして。

SNSを開いて。

彼を思い出す。



ある日。

彼から、いいねが来ていた。

勉強についての、何気ない投稿。

それだけ。

本当に、それだけなのに。

画面を見たまま、少し笑った。

もう諦めようとしていたのに。

そんな小さなことで。

また嬉しくなってしまう。



でも。

私はもう。

以前の自分とは違った。

あの人に好かれるために、自分を変えようとは思わなかった。

振り向いてもらえるかどうかばかりを考えることもしなかった。

ただ。

好きだった。

今も好き。

それだけ。

そして。

好きだからといって。

私の人生まで止める必要はない。

そう思えるようになっていた。



だから。

私は今日も自分の生活をする。

大学へ行って。

勉強して。

友達と笑って。

韓国語を話して。

趣味を楽しんで。

新しい場所へ行く。

そして。

たまに彼にDMを送る。

彼からは来ない。

それでも。

返事は来る。

その距離が。

少し寂しくて。

でも。

完全に失ってしまうよりは、ずっと嬉しかった。



ある夜。

彼とのDMを閉じる。

スマートフォンをベッドの横に置く。

私は天井を見上げた。

「……いつまで好きなんだろ」

自分でも分からない。

いつか。

自然に忘れるのかもしれない。

新しい人を好きになるのかもしれない。

そのときには。

今日のことだって、笑って思い出せるのかもしれない。

そう思う。

でも。

今はまだ。

好きだった。



そして。

この頃の私は知らなかった。

この先。

彼が司法試験の勉強に追われるようになり。

SNSから、少しずつ姿を消していくことを。

DMも、さらに少なくなって。

私の方も。

自分の人生に追われるようになって。

いつしか。

彼のことを考えない日が増えていくことを。

そして。

本当に忘れかけた頃。

何の前触れもなく。

彼の名前が。

再び私の画面に現れることを。



そのときの私はまだ。

知らなかった。

ただ。

今日も変わらない夜だった。

スマートフォンの画面を閉じる。

部屋が暗くなる。

私は目を閉じる。

そして。

ほんの少しだけ笑った。

好きな人から、連絡が来るのを待つ夜だった。
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